記憶の異常

記憶の過程を大きく分けると、記銘、保持、想起の3段階に分けられる(詳しくは「記憶の過程 | 認知心理学」を参照)。この3段階のうち、いずれの段階に異常が認められても記憶の異常となる。

記憶の異常を論ずる場合、これらのどの段階の異常なのかと、その異常が量的なものなのか質的なものなのかを問題とする。

記銘の異常

記憶の異常のうち最も多いのが記銘の異常である。健常者でもよく見られるもので、新たな知覚対象を記憶の対象として取り入れる能力の低下である。次の段階である保持の過程へと進まないため、記憶に残らないのである。

記銘の異常には主に、意識の異常に起因するもの、感情鈍麻に起因するもの、器質的異常に起因するものがある。

意識の異常に起因するもの

意識混濁の状態にある場合、外部からの刺激の知覚が不十分、または知覚できないことで記憶活動に支障をきたす。

感情鈍麻に起因するもの

人は外界・内界からの刺激に対し、感情的反応を示すことで注意を向けやすく、その時間も長くなる。この感情的反応が弱まると、刺激に対して注意を向けるという反応が弱まるため、記憶活動に支障をきたす。

器質的異常に起因するもの

大脳の器質的異常に起因するもので、頭部外傷、アルコール中毒、一酸化炭素中毒などが主な原因となっている。

保持の異常

通常は、記銘されたすべての情報を保持し続けることができるわけではなく、時間の経過とともに忘却されていく。この忘却率と時間経過を表したエビングハウスの忘却曲線という有名な図がある。これによると、記銘後の保持率は1時間後に50%以下、24時間後には30%以下になり、その後は緩やかに保持率が低下していく。

保持の異常とは、記名された情報を全く保持できない場合や、忘却曲線から著しく逸脱している場合と言える。

想起の異常

人物や物の名前に対し、知っているはずなのに思い出せないという所謂「ど忘れ」は軽度の想起異常に当たる。

また、保持されている情報が実際に経験した内容とは異なるものへと変化してしまうことがある。これも想起の異常に当たり、下記の質的異常で詳しく述べる。

記憶の質的異常

記憶錯誤

記憶の質的異常の主なものは記憶錯誤である。記憶錯誤は過誤記憶と虚偽記憶に分けられる。ただし、対応する英語はどちらも False Memory となっており、2つの訳語で意味が異なるのは日本の文化が影響しているとされている。(過誤記憶 - Wikipedia 日本への紹介と影響

過去に経験した記憶が歪曲され、誤って再生・再認される現象は過誤記憶、または誤記憶と呼ばれる。記憶の減退に伴うことが多く、健常者でも起こることがある。また、感情や性格、年齢などによっても大きく左右され、願望や期待などによって事実が脚色されたり歪曲されることもある。

全く経験したことのない出来事が実際に経験したかのように思い出される現象は虚偽記憶や偽記憶と呼ばれる。主に催眠状態での記憶の捏造によって起こるとされている。

既視感と未視感

既視感とは実際には経験したことがないにもかかわらず、どこかで経験したことがあるかのように感じる現象で、デジャビュやデジャヴとも呼ばれる。記憶錯誤に含まれるが、主に再認に関する錯誤であるため、再認の追想錯誤とも呼ばれる。精神分裂病やうつ病などの患者に見られるが、健常者にも多く見られる。

既視感のメカニズムは諸説あるが、実験で再現することが困難であるため、研究法が確立されていない。

既視感とは逆に、経験したことがあるはずのものが、初めて経験するもののように感じる現象は未視感、またはジャメヴュ、ジャメヴと呼ばれる。精神分裂病やてんかんの患者に見られる。健常者にも見られる現象であるが、既視感と比べると数は少ない。

記憶の量的異常

記憶の亢進

過去の記憶が異常に活発化して再生される現象で、記憶の増進とも呼ばれる。発熱や催眠状態、夢、てんかん発作、精神分裂病患者に多く見られる。

また、生命の危機に遭遇したときに平常時には再生されることない記憶が大量に出てくる現象もある。原因として頭部外傷や躁状態、発熱などが考えられている。

記憶の亢進には、異常なほど多くの情報を保持する場合もある。年月日や曜日、製品の型番などの数字を機械的に記憶している場合で、幼児や精神遅滞者によくみられる。

健忘

健忘とは一定の事象や一定の期間の記憶内容の再生・再認が困難になっている状態で、時間とともに記憶の内容が失われていく忘却とは区別される。

健忘は大脳の器質的異常を原因とするほか、心因性のもの、頭部外傷をきっかけとする外傷性のもの、精神作用のある薬剤や飲酒による薬剤性のものなどがある。また、認知症の症状であることもある。

健忘の期間による分類として前進性健忘と逆行性健忘がある。前進性健忘はある時点以降の記憶が抜け落ちる状態で、新しい物事が記憶できなくなる記銘の異常である。一方、逆行性健忘はある時点以前の記憶が抜け落ちた状態で、記憶を呼び出すことができない想起の異常である。

また、一定期間内のすべての記憶が思い出せない状態は全健忘と呼ばれ、特定の記憶のみが思い出せない状態は部分健忘と呼ばれる。

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