日常記憶
自伝的記憶
自分の人生で経験した出来事に関する記憶は自伝的記憶と呼ばれ、エピソード記憶の一種である。自伝的記憶の研究法として、日々の出来事を日誌に記録して、その記憶を追跡調査する日誌法がある。
リントンは日誌法を用いて、自分自身に起こった出来事を6年間記録し、追跡調査を行った。その結果、類似した出来事を繰り返し経験すると、細かな事実が忘れられ、互いが区別できなくなり、エピソード記憶が消えてしまうことが明らかとなった。これは、繰り返される出来事やその文脈は、意味的な要素を増加させ、意味記憶に取り込まれるためであると考えられている。
ルービンらの実験では、実験参加者に手がかり語を提示し、想起された出来事を年齢順にまとめ、自伝的記憶の分布を作成した。すると、3歳以前の想起件数は非常に少なく、10〜30歳頃の想起件数が際立って多いことが明らかとなった。3歳以前の記憶が少ないのは幼児期健忘と呼ばれており、脳が未成熟であることや、知識やスキーマが十分に形成されていないことが原因であると考えられている。10〜30歳頃の想起件数が多いのはレミニセンスバンプと呼ばれており、自我同一性の確立のため、繰り返しリハーサルが行われ、記憶が精緻化されるためであると考えられている。
目撃者の記憶
犯罪捜査などで目撃者の証言は捜査に大きく影響することがあるが、人間の記憶は様々な要因によって影響を受けてしまう。犯罪の現場を目撃しているにもかかわらず、犯人の持っていた凶器のことしか思い出せないということがある。これは凶器注目効果と呼ばれ、恐怖やストレスによって視野範囲が狭められ、凶器という注目対象以外の周辺情報が見逃されやすくなっているためである。
目撃者が覚えていないだけであれば、捜査の方向性が大きく変わることはないが、目撃者の記憶が歪められてしまう例も存在している。
誤導情報効果
ロフタスとパーマーの実験では、実験参加者に自動車事故のビデオを見せ、「自動車がぶつかったときの車の速度はどれくらいだったか」という質問をし、別の集団には「自動車が激突したときの車の速度はどれくらいだったか」を尋ねた。すると、「ぶつかった」という言葉を用いるよりも「激突した」という言葉を用いたときのほうが、実験者が回答した速度は大きく上回っていた。これは誤導情報効果と呼ばれ、質問の仕方が目撃者の証言に影響をあたえることを示している。
写真バイアス
容疑者などの特定の人物と、数名の無関係の人物の写真を目撃者に識別させる方法をラインナップと呼ぶが、無関係の人物の写真を見たことがある場合、その無関係の人物を誤って識別してしまうことがある。これは写真バイアスと呼ばれるが、ラインナップに用いられる写真にも問題がある場合もあり、写真の構成や質なども識別に影響をあたえることが実験により示されている。
虚偽記憶
ロフタスらは、実験参加者の子供時代のエピソードを両親から収集し、その中に「ショッピングモールで迷子になった」という虚偽のエピソードを加え、実験参加者にそれらのエピソードについて、報告するように求めた。その結果、実験参加者の4分の1が虚偽のエピソードに対する記憶が報告された。
数々の研究の結果、想像を膨らませることで嘘の記憶を生み出せることが明らかになっており、これをイマジネーション膨張と呼ぶ。イマジネーション膨張や写真バイアスなどは、記憶の情報源が区別できない情報源混同が原因であると考えられている。
展望的記憶
記憶には過去の出来事についての回想的記憶だけではなく、未来の出来事を展望し、それに備える展望的記憶も持っている。展望的記憶には、何時に何をするという時間ベースのものと、ある出来事が起こったら何をするという事象ベースのものがある。
ある実験によると、高齢者は事象ベースの展望的記憶は悪くないが、時間ベースの展望的記憶が弱いことが報告されている。
- 『認知心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『認知心理学 (放送大学教材)』 放送大学教育振興会(2013)
- 『錯覚の科学 (文春文庫)』 文藝春秋(2014)