短期記憶と長期記憶
人間の記憶は、短期記憶と長期記憶に分けられるとする二重貯蔵モデル、またはマルチストアモデルと呼ばれる記憶モデルが提唱されている。マルチストアモデルでは、感覚器官へ入力された外界からの情報はまず、感覚記憶へと取り込まれる。そして短期記憶、長期記憶の順番に貯蔵されていく。
感覚記憶では情報を正確に保存することができるが、数秒しか保持することができず、その時間は感覚器官によって異なる。また、短期記憶でも短時間しか保持することができず、その時間は数十秒とされている。さらに短期記憶に保持される情報は、注意が向けられた情報だけであるとされている。
短期記憶では一度に保持できる情報は7±2個であるとされており、この数字はマジカルナンバーと呼ばれている。この数字の単位はチャンクと呼ばれ、例えば「pen」という単語の意味を知っている人ではチャンク数は1であり、意味を知らない人ではチャンク数は3となる。
短期記憶に保持されている情報は、リハーサルと呼ばれる情報の反復が行われることで、長期記憶へと転送され保持される。長期記憶は非常に大容量で、忘却しない限り失われることが無いとされている。
二重貯蔵モデルが支持される理由
短期記憶と長期記憶に分けられるとする二重貯蔵モデルが支持される理由は多々あるが、その1つが記憶障害の患者に見られる。脳に損傷を負って記憶障害となった患者の中でも、損傷前の記憶は問題ないが、新たに経験した事柄を記憶できない患者がいる。記憶できない情報は言語的情報か非言語的情報のどちらか一方である場合と、その両方である場合とがある。新たに経験した事柄を記憶できないのは、短期記憶から長期記憶へ記銘、保持され、そして想起される仕組みのどこかが損なわれていることを示すものである。
二重貯蔵モデルが支持される理由は、自由再生法の実験からも見られる。自由再生法とは、例えば、実験参加者にいくつかの単語を提示した後、提示順とは関係なく思い出した順に自由に再生させる実験などである。そのときの再生成績を提示順にまとめると、提示された位置の初頭部と終末部の単語の再生率が高くなる。初頭部の再生率が高くなることを初頭性効果、または首位効果と呼び、終末部の再生率が高くなることを親近性効果と呼ぶ。
同様の実験で、単語を提示した後に簡単な計算を行ってもらい、その後単語の再生をしてもらうと初頭性効果には影響はないが、親近性効果は消えてしまう。この結果から、初頭性効果と親近性効果では記憶の仕組みが異なっていることが示されており、親近性効果は短期記憶に保持されている情報で、初頭性効果は長期記憶に保持されている情報であることを示している。
- 『認知心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『認知心理学 (放送大学教材)』 放送大学教育振興会(2013)
- 『錯覚の科学 (文春文庫)』 文藝春秋(2014)