エビングハウスの実験

記憶の実験的研究を初めて行ったのはヘルマン・エビングハウスである。それ以前は、記憶に関してどのような実験を行えばよいのかというのは難問であった。記憶には実体がなく、その形態や大きさは多岐に渡っており、質や量をどのように測定すればよいのかがわかっていなかったのである。そもそも、心理学の領域で実験的手法が用いられることがなかった。

エビングハウスが用いた方法は、2つの子音の間に母音をはさんだ3字(LAH、RORなど)からなる意味を持たない音節のリストを作り、それを完全に暗唱をするのに必要な反復回数や、一定の時間経過後の再学習時には何回の反復で再び暗唱できるようになるのかなどを記録していった。

エビングハウスがこの無意味綴りの方法をどのように発見したのかはわかっていないが、無意味綴りを使えば既存の記憶の影響を受けにくいため、実験対象がどのような知識を持っているのかを考えなくてもよいというメリットがある。そのため、その後の記憶研究でも用いられてきた。ただし、エビングハウスの実験は実験対象が自分ひとりであったため、現代の標準的な手続きによって再現されている。


エビングハウスの発見

エビングハウスは無意味綴りによって、記憶に関するいくつかの原理を発見した。ここではその主要なものを取り上げる。

リストの長さと反復回数

「より長いリストは、完全に暗唱するのにより多くの反復を必要とする」というものである。当たり前で単純なものにみえるが、重要な点は反復時間が増えるのではなく反復回数が増えるという点である。言葉を変えれば、リストが長くなると1項目当たりに要する時間が増加するということである。

過剰学習の効果

「完全に暗唱した時点からさらにリストの反復を続けると、24時間後の再学習の時間が短くなる」というものである。これは完全に記憶したように見えた後でも、追加の学習によってパフォーマンスが向上することを示している。このような学習は過剰学習と呼ばれているが、過剰学習の期間中にも学習が生じているのである。

時間経過による忘却

エビングハウスは完全に暗唱したリストについて、特定の時間経過後の再学習にかかる反復回数を調べていった。最初の学習に要した反復回数と再学習時の反復回数の差を節約と呼び、彼はこの節約率を縦軸に、時間経過を横軸にとってグラフにした。このグラフは忘却曲線と呼ばれている。

忘却曲線のグラフを見ると節約率は、時間経過0分の場合は反復を必要としないから100%となり、20分後には58%、1時間後には44%、1日後にはわずか26%と急激に減少するが、その後は緩やかになる。他の研究者によるその後の実験においても、課題の性質や実験対象の種によって横軸の時間スケールは変化するが、忘却曲線の形は類似することがわかっている。

リストの順番と再学習

エビングハウスは、リストの順番を変えて再学習した時の節約率も調べている。

まず、学習する「A,B,C,D,E,F…」のような元のリスト(リスト0とする)の他に、1つおきに並べ替えたリスト1(A,C,E,…B,D,F…)と、2つおきに並べ替えたリスト2(A,D,G…B,E,H…C,F,I…)を用意した。そして、リスト0を完全に暗唱し、24時間後にそれぞれのリストにおける節約率を調べていった。その結果、節約率はリスト0で約33%、リスト1では11%、リスト2では7%であることを見出している。

これは元のリストの隣り合う項目間が離れれば離れるほど、節約率が減少することを示している。つまり、A,BやB,Cといった隣り合う項目に、より強い結びつきが発生していることを予測させる。

しかし、エビングハウスは元のリストを逆向きにしたとき(…F,E,D,C,B,A)の節約率も調べており、その結果は元のリストを再学習したときの節約率よりもずっと低かったのである。つまり、単純なAとBの結びつきではなく、AはBを想起しやすいがBはAを想起しにくいということである。


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