運動技能学習の理論

運動技能学習に関しては、これまで様々な視点から理論化が試みられてきた。ここではアダムスの2段階理論、シュミットのスキーマ理論、バッティグの文脈による妨害理論を掲載する。


アダムスの2段階理論

アダムスは、典型的な運動技能の学習には2つの時期があるとする2段階理論を提唱している。ひとつは言語によるフィードバック、つまり外部からのKR(結果の知識)によって運動技能を向上させる「言語―運動段階」と、もうひとつは外部からのKRなしでも運動技能が向上する「運動段階」である。

アダムスの理論を構成する重要な概念は「知覚痕跡」と「記憶痕跡」である。新しい運動技能の学習を始めるときは、どのような感覚が良い結果を生むのかという知覚痕跡を持っていないかあるいはわずかである。知覚痕跡は運動後に得られるKRによって精度が高められる感覚の記憶であり、言語―運動段階はこの知覚痕跡を発達させる段階である。

一方、記憶痕跡は、運動が実際に生じるように筋肉を供応させる運動の記憶である。運動段階では、すでに良い結果が得られる知覚痕跡が発達しており、その感覚が得られるような望ましい運動を学習している段階といえる。

アダムスの理論を支持するものとしてニューウェルの実験がある。スライドを150ミリ秒間に9.5インチ動かすという離散型の課題を77試行行わせた。実験対象を6群に分け、第1群ではすべての試行で量的なKRを与え、他の5群ではそれぞれ2、7、17、32、52試行後に量的なKRは与えられなくなった。

その結果、KRが与えられた試行が多い群ほど誤差が低いレベルにまで減少するのに対し、2試行しかKRが与えられなかった群では、最初にわずかに成績が向上したが、それ以降は成績が悪くなっていった。また、7、17、32試行のKR群では、KRが取り除かれた後に少し成績が悪化したのに対し、52試行のKR群ではKRが取り除かれた後も成績は悪化しなかった。

アダムスの理論を用いれば、52試行の間に知覚痕跡が十分に発達し、KRが取り除かれても知覚痕跡自体がKRとしての機能を果たしたと考えることができる。

シュミットのスキーマ理論

アダムスの2段階理論は単一の繰り返し運動にしか用いることができず、学習の転移などを説明することができなかった。そこでシュミットは運動技能学習にスキーマの概念を持ち込み、アダムスの理論を発達させた。

スキーマとは、記憶の研究でバートレットが提唱した概念で、知識を体制化する概念枠組みや、認知構造や単純化された操作枠組みのことである。シュミットは運動技能にもこの概念を用いて、「スキーマは一般化された運動プログラムであり、運動のひとつの枠組みに対応する規則である」とした。つまり、アダムスの理論で用いられる知覚痕跡や記憶痕跡は、特定の運動のみに用いられるのではなく一般化された概念として記憶され、その他の運動にも用いられるということである。シュミットのスキーマ理論においてこれらは、一般化された運動プログラムに従って運動を産生する「再生スキーマ」と、運動の正確さを評価する「再認スキーマ」と呼ばれる。

スキーマ理論を用いれば、学習の転移もうまく説明することができる。

バッティグの文脈による妨害

シュミットのスキーマ理論は、交互練習や多様練習についても大抵の場合は説明ができる。しかし、単一の運動を繰り返す集中練習群の練習課題とテストの内容が一致している場合にも、交互練習や多様練習群の方が成績が良いという結果は説明ができない(「運動技能の練習と能率―交互練習と多様練習」を参照)。練習量が同じであれば、テストの成績は集中練習と同じかそれ以下になるはずである。

バッティグはこれを「文脈による妨害」という用語を用いて説明している。バッティグの理論は、運動技能の獲得時の強い文脈によるパフォーマンスの妨害は、長期的にはよいパフォーマンスをもたらすというものである。多様練習は、運動後にフィードバックが得られても、次は別の条件で練習しなければならないため、パフォーマンスを妨害しているといえる。

いくつかの研究では、運動の獲得期間中は集中練習の方がよい結果を示すのに対し、時間をおいてテストすると多様練習の方が成績がよいという結果が得られており、バッティグの理論と一致する。

ただし、長期的にみてもパフォーマンスに違いが見られなかったという研究もあるため、どのような条件下でこの「文脈による妨害」が良い成果を生むのかはわかっていない。


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