オッカムの剃刀

14世紀の神学者オッカムは「ある事柄を説明するのに、必要以上に多くを仮定するべきではない」とする、哲学や科学における思考節約の原理を提唱。無駄なものを削ぎ落とすという意味で、のちにオッカムの剃刀と呼ばれるようになった。

科学の歴史は、より一般的で、より精度の高い理論を構築すると同時に、無駄なものを排除し、よりシンプルな理論を構築する歴史でもある。オッカムの剃刀は科学者たちに科学の方向性を示してくれる指針になった。

オッカムの剃刀を説明するための一つの例として、「2つの競合する理論がある場合、よりシンプルなものの方が正しい可能性が高い」というものがある。ここで重要なのは「正しい可能性が高い」というだけであって、どちらの理論が正しいかを確認する判定則ではないと言うことである。

どのような場合にオッカムの剃刀が適用できるかは明確に決まっているわけではない。必要なものまで削ぎ落としてしまう可能性もある。その一つの例として、ルートヴィッヒ・ボルツマンとエルンスト・マッハの論争がある。

その当時、分子の存在は証明されていなかったが、分子を仮定すると熱力学などの現象をうまく説明できるようになっていた。しかしマッハらは、誰も見たことも触れたこともない分子を、物理の説明に持ちだしたことを激しく批判し、分子論の立場であったボルツマンらを執拗に攻撃した。

その後、アルバート・アインシュタインが分子の存在を証明したあと、マッハらに対し、次のように述べている。

「理論はできるだけ単純にせよ。しかし、限度というものはある」

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