集団の意思決定
個人の意思決定が必ずしも合理的であるとは限らないことは心理学領域のあちこちに表れているが、これは集団の意思決定においても同様である。
意思決定に関しては、従来の経済学で想定されていたような完全合理性を備えた、いわゆる「経済人」が意思決定者として用いられていた。しかし、バーナードやサイモンらによって、意思決定のあり方に着目した新たな組織論が展開され、限定合理性という概念によって研究の方向性は変わっていった。これは組織論だけにとどまらず、社会科学の様々な領域に影響を与えている。
このページでは、心理的な要因がどのように集団の意思決定に影響を及ぼすのかをみていく。
集団極性化
集団での意思決定が個人の決定に比べて、決定内容がより極端な方向へ移動する現象は集団極性化、または集団極化現象と呼ばれる。
集団の意思決定における初期の研究では、決定内容がより危険なものとなるリスキーシフトの傾向があることが知られていたが、その後の研究で決定内容がより安全なものとなるコーシャスシフトも存在することが明らかとなっている。どちらにシフトするのかは集団の特性によると考えられており、リスキーシフトについては主に以下の4つの点が挙げられる。
- リーダーの特性…一般的にリスク志向の人は自信家で主張的であるので、他の成員への影響力が強い。
- 集団規範…リスクを恐れない姿勢が評価されるような規範をもっている場合、リスク志向的になりやすい。
- 責任の分散…損失が生じても各個人が責任をあまり感じない集団の構造をしている。
- 不確実性の低減…集団で討議を重ねるうちに情報量が増えていくため、不確実性が減少する、あるいは減少しているように感じる。
集団思考
ジャニスは集団の意思決定が失敗を招いたケースを分析した結果、共通の特徴があることを見出している。それは、集団内の意見を一致させることを優先させてしまうために、合理的な決定を妨げる歪んだ思考過程が生じているということである。ジャニスはこれを集団思考と名づけた。
集団思考が原因であると考えられている事件や事故は数多くあるが、よく用いられる例として、アメリカのスペースシャトル・チャレンジャー号の事故がある。この事故はスペースシャトルの打ち上げから73秒後に爆発し、空中分解した後に大西洋に落下したというものであるが、爆発の直接の原因は、打ち上げ当日の気温が低かったためにシャトル本体についているOリングが硬化して弾性を失っていたことにあるとされている。心理学的に重要なことは、この問題をNASAやOリングの製作会社があらかじめ知っていたことと、製作会社が当日の打ち上げを中止するよう進言していたことである。当事者たちはこの日に打ち上げるという目標と、社会的あるいは政治的な期待や圧力によって集団思考に陥っていた可能性が指摘されたのである。
集団思考に陥る要因は複数あると考えられるが、ジャニスは集団思考の兆候として8つの点を挙げている。
『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)を基に作成
- 不敗の幻想…過度の楽観主義により、極端なリスクを受け入れようとする。
- 自らの道徳性に対する信念…自分たちの大義の正しさを信じ、決定がいかなる倫理的・道徳的帰結をもたらすかを考えない。
- 集団レベルでの合理化…不都合な警告は割り引いて解釈し、自分たちの前提を再検討しない。
- 外集団のステレオタイプ化…敵に対して否定的な見方をすることにより、コンフリクトに対して適切に対処しようとしなくなる。
- 自己検閲…集団の合意に疑念を表明したり逸脱した発言をしたりすることを避ける。
- 満場一致の幻想…多数派の見方や判断を、全員の一致した意見だと思い込む。
- 反対者への直接の圧力…集団の見方に異議を唱えてはならないというプレッシャーがかかる。
- 自薦の監視人…集団の一致した見方や決定にとって不都合な情報から自分たちを守ろうとする。
1の「不敗の幻想」は「気分が与える影響」のページでも示した通り、ポジティブな気分のときには「楽観的な評価や将来予測を行いやすくなる」ことと「既存の知識に依存したヒューリスティック的な情報処理や思考が行われやすくなる」ということからもわかる。失敗に意識が向かないという意味では、確証バイアスともいえる。
2の「自らの道徳性に対する信念」は、自分を集団の一部として自覚する自己同一視と自分たちは正しいことをしているというある種の「内集団バイアス」によって、一般的な道徳性や規範よりも集団の目的や規範を優先させることが考えられる。
3の「集団レベルでの合理化」も4の「外集団のステレオタイプ化」も内集団バイアスに起因する。集団が閉鎖的であるほど外部からの情報や不都合な情報を軽視し、自分たちの前提に対して分析的な再検討をしないため、リスクに気がつかない。
5の「自己検閲」と7の「反対者への直接の圧力」は主に集団への同調に起因する。同調に関しては「同調」のページで詳しく見ていくが、同調するということは否定的な意見が出てこないわけだから、集団の見方や決定におけるリスクに気がつかないことを意味する。
6の「満場一致の幻想」は、正しい判断をしているという錯覚を生み出す。全員の意見が一致しているという思い込みは、同調や「集合的無知」によって反対する意見が出てこないことと、反対意見を意識しない確証バイアスによるものという見方ができる。
8の「自薦の監視人」は、個人や集団の見方が間違っていないという自己防衛であり、「自己評価の維持」や「自己動機」に起因していると考えることができる。
上記の8つを見ると、集団思考に陥りやすい集団特性として、集団凝集性が高いことと、指示的で強力なリーダーがいることが挙げられる。
テイラーらは、ジャニスの作成したものをもとに集団思考の発生過程として以下のものを作成している。
『心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2004)を基に作成
- 先行要因
- 集団凝集性が高い
- 外部の意見に対して閉鎖的
- 指示的で強力なリーダー
- 他の選択肢評価へのシステマティックな手続き欠如
- 高いストレス・外部からの脅威
- 集団思考の出現:集団内の意見一致追求志向
- 集団思考の兆候
- 「私たちは屈しない」という感覚
- 自分たちの立場は道徳的だという仮定
- 新たな挑戦提案は無視し、自分たちの立場を合理化
- 外集団に対するステレオタイプ化
- 反対意見・疑問発言の抑制
- 反対派への斉一圧力
- 全員一致幻想
- 帰結:意思決定のまずさ
- 目標に対する考慮・検討不十分
- 他の選択肢に対する検討不十分
- 選択した案のリスク検討不足
- 関連情報収集の不十分さ
- 収集情報の処理バイアス
- 状況即応プランの考案不十分
- 『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『Social Psychology: Goals in Interaction (6th Edition)』 Pearson(2014)
- 『心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2004)