予言の自己成就

何らかの予期が単なる思い込みだったとしても、意識的または非意識的にその予期を実現するような行動をとることによって現実になることがある。社会学者のマートンはこれを予言の自己成就と呼んだ。社会心理学では、行動的確証の過程と呼ばれることもある。

マーク・スナイダーらが行った研究では、互いに顔を知らない大学生を男女1名ずつのペアに分け、顔を合わせないでマイクとヘッドフォンによって会話をしてもらった。このとき、男性には相手の女性のさまざまな情報が与えられ、その中には女性の顔写真も含まれていたが、半数の男性には事前調査で容貌の評価が高かった魅力的な女性の写真を、他の半数には容貌の評価が低かった魅力的でない女性の写真を渡していた。すると、魅力的な女性の写真を渡された男性は、魅力的でない女性の写真を渡された男性よりも、相手の女性を、落ち着いてユーモアがあり社交的な人物であると評定した。

この結果は特に驚くべきことではないだろう。ただし、この実験には続きがあり、録音した2人の会話の内、女性の発言だけを別の男性に聞いてもらい評定してもらった。このとき、その男性は女性の写真を与えられていない。結果、会話の相手の男性に魅力的だと思われていた女性は、魅力的でないと思われていた女性よりも、社交的でユーモアがあり、バランスのとれた性格だと評定された。つまり、写真を渡され女性と会話をしていた男性とまったく同じ評価をしたのである。これは、魅力的な女性の写真を渡された男性が相手の女性に対して、内面的にも魅力的な部分を引き出すような会話をしていたからだと考えられている。

この実験を順番に見ていくと、女性と会話をしていた男性は、女性の写真を見ることによってその女性の印象を形成するが、情報が十分ではないためステレオタイプ的にならざるを得ない。女性の写真が魅力的であれば内面も魅力的であるに違いないというハロー効果が働き、男性はその女性に興味や好意をもつが、写真が魅力的でなければ魅力的であるよりも興味をもたないだろう。その結果、「確証バイアス」のページで見たような肯定的検証方略によって、その女性が魅力的に見える部分、あるいは魅力的に見えない部分が引き出される。単純に、相手が自分に興味をもってくれていると感じればポジティブな気分になるし、興味をもっていないと感じればポジティブな気分にはならないだろう。そういった女性の感情の変化がしゃべり方や声のトーン、あるいは会話の内容に影響を与えることによって、会話の音声を聞いた男性の評価に影響を与えたと考えられる。


教師期待効果とホーソン効果

予言の自己成就に関する古典的研究として、ローゼンタールとジェイコブソンの研究がある。この研究では、学期の始めに何人かの児童を無作為に選び「この児童たちは知的能力が開花するときにある」と教師に告げられた。無作為に選んだわけだから、当然この児童たちが他の児童よりも知的能力が上昇するという確証などはない。しかし、8ヶ月後に知能検査を実施したところ、無作為に選ばれた児童たちは他の児童よりも成績が向上していたのである。ローゼンタールとジェイコブソンは、教師に期待されていることを子どもが意識したために成績が向上したと主張し、これは教師期待効果あるいはピグマリオン効果、ローゼンタール効果などと呼ばれている。

しかし「子どもが教師に期待されていることを意識したから成績が向上した」という解釈には否定的な意見も多く、現在では、無作為に選ばれた児童たちの成績が向上するように教師が行動していたとする、予言の自己成就として解釈されることが多い。

ただし、期待されることによる効果がまったくないとは言い切れない。組織論で人の心理の重要性を示した古典的研究のひとつとして、ホーソン工場で行われた、いわゆるホーソン実験がある。この研究は、照明の明るさなどの設定を操作することで作業の生産性への影響を調べるのが目的で行われたが、最初に行われた照明実験では、照明を明るくしても暗くしても、もとに戻しても、一貫して作業能率の向上が見られたのである。その後も数年にわたってホーソン工場での研究が行われたが、さまざまな条件を操作しても時間経過とともに作業能率は一貫して上昇したのである。

このホーソン研究の解釈のしかたは細かく分けると複数あるが、そのひとつに作業員の「選ばれた」という意識がある。この研究では数名の作業員が選ばれ、用意された実験室で行われていたため、人に見られているという意識や期待されているという意識が働いたために、作業能率が向上したのではないかと考えられる。

このような、期待されているという意識によって行動が変化する現象はホーソン効果と呼ばれている。上述したローゼンタールとジェイコブソンの研究にそのままこのホーソン効果を当てはめることができるわけではないが、この研究にホーソン効果の視点を取り入れると面白いことが見えてくる。この研究は児童に対する教師の期待だけではなく、教師に対する実験者の期待も含まれているのである。このような複雑な過程が、この研究の解釈を困難にさせている理由でもある。

ラベリング

予言を自己成就させる過程のひとつにラベリングがある。リチャード・ミラーらの研究では、小学校5年生のある群の児童に対して整理整頓しゴミを片づけることの大切さを話し、別の群の児童には「このクラスは整理整頓が行き届いている」「小綺麗なクラスの一員である」いうことが繰り返し告げられた。その結果、ゴミを片づけることの大切さを聞いた群の児童はゴミの散らかしが改善されなかったのに対して、小綺麗であるというラベルを貼られた児童は他の児童に比べ、3倍もゴミの散らかしが改善されたのである。

リチャード・ミラーらの他の研究においても、算数の達成者というラベルを貼られた子どもたちは、算数を一生懸命勉強するように言われた子どもよりも、算数の成績の向上が見られている。

ラベリング理論は、社会学者のベッカーによって提唱されたもので、もともとは「社会的な逸脱行動は他者からのラベリングによって生み出される」としたものである。これを心理学的に見ると、周囲からの評価が自己概念と自己評価に影響を与えることによって、態度や行動が変化すると考えることができ、これは逸脱行動に限らないだろう。また、周囲からの評価の中でも家族や教師、親しい友人などの重要他者となりやすい人物からの評価は、特に自己概念に影響を与えやすい。上述したホーソン実験も、実験参加者に選ばれた作業員からすれば、研究者あるいは経営者という影響力をもつ人物が自分を選んだと思っているわけだから、無言のラベリング効果が働いたともいえるだろう。


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