群集とは
集団のようにはっきりとした組織がなく、全体の統制が取られていない人々の集まりを群集と呼ぶ。社会心理学では、集団行動と群集による集合行動は区別して扱われてきたが、近年ではこれらを包括的に捉えようとする試みもある。また、集団と群集はまとめて集合体と呼ばれる。
古典的な群集心理
群集では集団のように役割が与えられていないため、責任感や義務感に縛られることがなく、自分の正体が知られていないことから、何をしても構わないという心理状態になる。これは群集心理と呼ばれる。ただし、このような群集心理に対する理解は、ル・ボンらによる古典的な集合行動研究のモデルであり、近年の研究では、群集が必ずしもこれらのイメージに当てはまるものではないことが示唆されている。
一般的に考えられてきた群集心理の特徴として以下のようなものが挙げられる。
- 単なる人の集まりであって、役割や組織性がないため無秩序である。
- 個人の自我意識が弱くなり無責任性が出てくるため、非理性的な行動が行われる。
- 個人を特定されない無名性(匿名性)のため、罪悪感が弱くなる。
パニック
社会心理学ではパニック状態を防衛的な乱集行動と呼ぶことがある。 スメルサーによるパニックの定義は「ヒステリー的信念に基づく集団的逃走」となっており、災害や事件などの緊急事態に直面した群集の行動をイメージする人も多いだろう。
これまでに起こった災害や事件をみると、必ずしも群集がパニックを起こすわけではない。2011年に起こった東日本大震災後の混沌とした環境下で、被災した人々の行動が世界から称賛されたことは記憶に新しい。その一方で、人が密集している場所で逃げ場を失い、将棋倒しになって大事故を引き起こした例は複数存在している。
パニックの概念を定義したスメルサーも、パニックが発生するのは危機からの脱出路が限定されているか、閉ざされつつある場合に限られることを指摘している。
自動車での渋滞をイメージするとわかりやすいが、群集が同じ方向に進もうとしている場合でも非常に密集していると、密度の高い箇所と低い箇所が断続的に生じる。これは、その箇所によって速度が異なるわけだが、人は同じ速度を維持しようとするため、自動車での事故や将棋倒しの事故などが発生するのではないかというモデルが示されている。
このように、パニックが起こる要因は事態の深刻度よりも逃げ場がないといった状況の認知によるところが大きいのではないかと考えられる。
集団と群集の連続性
社会学者のマートンは集団を「自分を集団の成員として規定し、他者からもその集団に所属していると規定され、確立されたパターンに従って相互作用する人々である」としている。また、すべての集団は集合体であるが、成員間の相互作用の基準を欠く集合体は集団ではないと述べている。
ブラウンは、人々の集まりを大きさ、集会性、成極性、同一視の4つの次元を用いて分類している。また、群集を、一時的、不定期な地盤の上に集会し、成極化された集合体で、ふつうは一時的な同一視しか含まれないとしている。
このような研究結果から、集団と単なる集合状態である群集は区別され、別の領域で研究されてきた。しかし、集団と群集はその定義上連続的であるため、明確に区分することはできないはずである。村本の研究では、東京都内のある公園にラジオ体操をするために集まる人々を対象としてフィールドワークを行っている。その結果、従来の定義を用いると、この人々が集団と集合状態の中間に位置するような特質をもつ集合体であることを見いだしている。
規範の創発
ターナーとキリアンは、集合体の規範に着目し、群集にも集団同様に規範が生まれ、人々はそれに従って行動するという考え方を提唱した。これは、古典的な群集理論での「群集は無秩序な集合行動を起こしやすい」という考え方とは根本的に異なるものであり、「伝統的な群集理論を打破した」とまでいわれている。
社会的アイデンティティ
ホッグらは、群集行動の同質性は、成員が共通の社会的アイデンティティに基づいて行動した結果であると指摘した。これは規範の創発と同様に、集団行動と集合行動が同じメカニズムによって説明できることを意味している。
このような集団と群集の連続性に関する研究はそれほど古いものではないが、群集に対する理解は確実に変化してきている。
- 『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『Social Psychology: Goals in Interaction (6th Edition)』 Pearson(2014)
- 『心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2004)