日本の雇用構造

日本的経営の特徴として、三種の神器とも呼ばれる「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」の3つがある。経営にはさまざまな要素があるわけだが、日本的経営というとこれらを含む「人」に関するものに集中する傾向がある。それだけ海外と比較したときに、従業員や雇用に対する見方が異なることがわかる。


終身雇用

一般的に終身雇用と言うと、正規の従業員として採用された企業に定年退職まで雇用されるという暗黙の契約を意味している。ただし、欧米と比べて長期雇用という考え方が定着しているというだけであって、日本の中小企業においては転職率が高く、大企業においても関連会社など他の企業への移動もあるため、終身雇用という表現はあまり正確ではない。長期雇用保証の慣行といったほうが実態には近いと思う。

とはいえ、このような雇用慣行は従業員を採用する場面にも表れており、新卒者の一括採用がこれである。欧米では、必要に応じて従業員を採用するため、4月に一括して新規卒業生が入社することはなく、通年採用が普通である。

年功序列

長期雇用の慣行と密接に関連しているのが、年功序列である。年功序列は、年齢に応じて地位が上がっていく年功昇進と、年齢に応じて賃金が上がっていく年功賃金の2つに分けることができるが、日本においては昇進すると賃金が上がることが慣行となっている。

どこの国においても、年齢が上がる毎に地位や賃金が上がることは結果として見られる。これは、長く仕事をしていれば技術や経験が蓄積され、その仕事に必要とされる能力が高まっていくためである。ただし、日本においては他の要因も考えられている。日本では会社以外においても、年齢によって上下関係をはっきりさせようとしたり、集団内における人間関係の調和を重視する文化がある。そのため、会社内で年齢と地位が逆転し、集団の調和を乱すことを避けようという心理が働いているのではないかと考えられる。

企業内労働組合

アメリカなどの産業別組合では、職種別に組合があることが多いが、日本では企業別に労働組合があり、企業内労働組合あるいは企業別労働組合と呼ばれる。仕事の種類に関係なく、ブルーカラー(生産現場で働く労働者)もホワイトカラー(事務や管理業務を行う労働者)も同じ組合に属する。

雇用関係が長期化すれば、同じ職場の人間同士のほうがコミュニケーションを取りやすいし、時間を合わせるのも容易になるため、ごく自然な流れである。ただし、長期雇用保証の対象となるのは暗黙的に正規社員だけでパート社員は含まれていないため、労働組合に所属するのも正規社員だけであることが多い。

日本的経営の長所と短所

雇用の安定

雇用される側となる労働者にとって、長期雇用保証の慣行は経済的にも心理的にも安定することになる。一度雇用されれば定年退職まで働けるため、不況期においても解雇されることがないので安心して働くことができる。

ただし、雇用の安定が必ずしも望む仕事ができることにつながるわけではない。希望した企業に入社したが、想像していたものとは違っていたというのはよくある話である。しかし、新卒者の一括採用が慣行となっているため、転職による労働市場が十分ではない日本においては、やめるにやめられないということが起こるのである。

雇用する側である企業にとっては、長期の雇用は労働力の安定につながる。新卒者を一括して採用することも、年功賃金であることを考えれば、企業側にとっては安い賃金で大量の労働力を確保できることになる。

アメリカなどでは人件費は変動費として捉えられる傾向があるのに対して、日本では固定費と見なされる。これは長期雇用であるためであるが、これに年功賃金も加わるため、毎年のように固定費は増大していくことになる。企業は成長を維持し続けなければ利益率が落ち、経営を圧迫することを意味している。過去を見てもわかるように、経済の循環を避けることは難しいため、経営を維持するために不況期にどのように対応するのかが重要になってくる。

また、雇用の安定は企業間における人の移動が少ないことも意味している。その結果として、必要なスキルを持った人材を雇用するという発想ではなく、企業にいる従業員にスキルを習得させるという発想につながる。これは必ずしも悪いことばかりではないが、相対的に見て明らかに時間とコストがかかる方法であり、スピードが重要とされるような新興分野におけるデメリットは大きい。また、さまざまな企業で働くことによって得られる新しい発想が生まれにくく、視野の狭いものとなる可能性も挙げられる。

企業への一体感

長期雇用や年功序列の慣行は、企業への所属感や一体感をもたせることができる。

付き合いが長くなれば仲間意識も芽生えるし、経営者にしても、もともとはその企業の現場で働いていたわけだから、比較的身近な存在である。その結果、企業への所属意識が高まり、従業員が個人の利益ではなく集団にとっての利益を優先するようになるため、複雑なインセンティブ・システムを構築する必要がない。このような集団主義的、あるいは家族主義的な考え方は日本のひとつの文化でもある。

ただ、こうした集団への忠誠は、海外の人からみると閉鎖的で同調圧力の強いものに映ることもある。集団への一体感は、皆が同じ考えでなければならないという脅迫めいた観念を植え付けることもあるし、集団の外にいる人を排除しようとする方向に向かうこともある。その結果、合理性ではなく意見の一致を優先させるような決定になり、リスキー・シフトと呼ばれる集団の決定がより危険な方向にシフトする現象が起こるのである。日本企業の残業が多いことや有給休暇の取得率が低いことも、周りの目を気にしなければならないという集団主義的な考え方が背景にあるように思われる。

自発性の抑制

年功序列は、能力のある若い人たちの活躍できる場が少ないということでもある。

若い人たちには、失敗してもそれほど大きな損失にはつながらないような小さな仕事を経験させ、徐々にステップアップしていく方法がとられることが多い。この方法は、失敗をしない人を育成するのには向いているが、その方法でしか仕事をしてはいけないといういわば自発性を抑制するものでもある。これは、若い人たちのインセンティブを削ぐだけではなく、企業そのものの成長を抑えるものでもある。

上述の「企業への一体感」の中で「複雑なインセンティブ・システムを構築する必要がない」と述べたことと矛盾するようにも聞こえるが、「企業への一体感」の方は、その企業の固定化された方法で業務をそつなくこなすことへのインセンティブであり、他の考え方を取り入れたり、新しい方法で実践することへのインセンティブではない。

柔軟な教育と特殊化した技能

日本の企業では、作業をしながらその都度作業を教えていくOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が一般的である。これは教わる側が1人かあるいは少人数であるため、個人の能力に合わせた柔軟な教育が可能になる。

ただし、体系的な教育計画がないと、教える側の能力や取り組み方によって内容にバラツキが生じることもある。また、内容もその企業でしか通用しない特殊なものであることも多く、このような特殊化した技能を持つ人ほど労働市場では価値が低下することもあり、転職には不利に働く。

企業側から見れば、好景気で人員が不足したときに新たに人員を補充したとしても、その企業で通用する技能を習得するためには時間がかかるため、タイミングを逃してしまうといったことが起こる。一方で、このような特殊化した技術や技能は、流出したとしても他の企業では使えないため、その優位性は保たれるという利点もある。

日本的雇用慣行の変化

こうした日本的雇用慣行は、経済や社会環境の変化によって見直されつつある。長期にわたる不況、情報技術の進歩による業務内容や働き方の変化、欧米化と国際化、少子高齢化、若者の価値観や労働感の変化など、ここ数十年で人々の生活や労働環境が大きく変わっていることを考えれば、雇用のあり方を変えなければならないと考えるのもごく自然な流れである。

しかし、日本的な雇用慣行が日本の文化を反映したものであることを考えれば、雇用慣行の変化によって新たな問題がでてくるのは避けされないだろう。


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