コペルニクス

〜コペルニクスのレボリューション〜

16世紀、コペルニクスは法律と医学を学び、聖堂参事会会員として仕事をしていました。その仕事の空き時間を使って様々なことに情熱を注ぎましたが、その中のひとつに天文学がありました。コペルニクスは惑星運動の研究にのめり込み、その研究を「コメンタリオルス」という論文にまとめました。その内容は「地球は宇宙の中心ではなく、宇宙の中心は太陽の近くにあり、惑星は皆太陽の周りを回っている」「惑星が逆行運動しているのは、地球との公転速度の違いによる見かけ上のものである」という天動説を否定するものでした。しかしその論文はごく少数の人間に読まれただけで、ほとんど相手にされていなかったのです。

コペルニクスは諦めることなく、その後30年近くを費やし裏付けを充実させ「天球の回転について」という著書を完成させました。コペルニクスはこの書籍の発表による影響を恐れ、発表するかどうかを悩んでいましたが、この著書の完成の直前に出会ったレティクスという人物の力もあり、何とか出版までこぎつけました。しかし出版直前にコペルニクスは脳出血で倒れ、完成した書籍がコペルニクスのもとに届けられた当日にこの世を去ったと言われています。

出版された「天球の回転について」にはコペルニクスによるものではない前書きが付け加えられており、「これらの仮説が真である必要はなく、単に計算に便利な考え方の一つである」というような内容でした。実は、印刷が終わるまでレティクスがそのプロセスを監督するはずだったのですが、急な用事でそこを離れなければならなかったため、聖職者のオジアンダーにその場を任せていました。この前書きはオジアンダーが付け加えたのでは、と言われていますが、何のために書かれたかは謎です。

この前書きのおかげもあって、この著書はその後半世紀ほどは宗教的な圧力を受けることはありませんでした。しかしほとんど無名に近いコペルニクスの初の著作で(コメンタリオルスは出版されていない)、あまりにも革命的な内容であったため、広く読まれることはありませんでした。

回転と革命

「revolution」という単語はもともと「回転」という意味しかありませんでしたが、「革命」という意味で使われるようになった語源が、コペルニクスのこの業績であると言われています。

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