制度と信頼

社会とは「人と人との関係である」と同時に、さまざまな規則の構造体であるとも言える。この規則は「してはいけないこと」「してもよいこと」「したほうがよいこと」など、人の行動を調整する働きがある。

社会や政治の仕組みである制度もまた規則であり、私たちの行動を調整している。例えば、法を破ると罰せられることによって「してもよいこと」は制約されている。

もしも、法を破っても罰せられない人がいたらどうだろうか。あるいは、1ヶ月間働いたにも関わらず給料を支払わない会社があったらどうだろうか。その制度や規則は信頼できないものとなり、社会あるいは人間関係は成り立たないものとなるだろう。

社会は規則や制度によって成り立っているといえるわけだが、その規則や制度は信頼や安心によって成り立っている。


信頼と安心

私たちは社会生活の中で何に対して信頼や安心を感じるのだろうか。それが他者の性格などの特性だけではないことは心理学のさまざまな研究から明らかである。大まかにではあるが、以下のような分類が可能である。

※上記は「『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』有斐閣(2010)P302」の医師の例を一般化させたもの

個人などの個別のものに対する信頼とは、「この人の性格では、いい加減な判断はしない」「この人に任せればうまくいく」などの個人に対する信頼である。この他にも、毎回「同じボールペンを買う」「同じ靴を買う」など同じものを使う安心感もある。

カテゴリーに対する信頼は、例えば無職の人よりも医者や警察官などの職業の人に対しての方が信頼できることである。他にも「家電なら日本製」「スーツならこのブランド」といった特定のカテゴリーに対する信頼や安心もある。

人間に対する信頼とは、道徳的あるいは倫理的に「危険な行為はしないだろう」「何かあれば助けてくれるだろう」という信頼である。

評判に基づく信頼は、より多くの人が高評価をしている対象を信頼する、あるいはより多くの人が行なっている行動や考えに対して安心感をもつなどである。例えば、インターネット通販サイトなどでよく見かける商品のレビューなどである。他にも社会的な問題に対して、多数派に加わっておけば何か問題が起きても自分一人が不利益を被るわけではないという安心感もあるだろう。

制度に対する信頼とそれに基づいた安心と、仕組みによる安心は、以下で詳しくみていく。

制度と仕組みによる安心

私たちは日本で生活を送る中で、人の持ち物を盗んだりしないし、知らない人の家に勝手に上がり込んだりはしない。これには道徳的な理由もあるが、このような行動をすれば罰せられるという制度的な理由もある。他者に対して自己利益に反するような行為はしないだろうという期待が安心感を生み出しているのである。

この制度的な安心は、その制度が正しく機能するよう監視の仕組みを必要とする。罰を与える可能性があることを行為する側に認識させること、違反行為を監視することなどである。この監視の仕組みもまた監視の対象となることがある。日本の法という制度でみれば、監視の仕組みは立法・行政・司法などの役割を担う機関になるが、それらを監視しているのはマスメディアや国民である。互いに監視し合うことによって、制度が正しく機能する仕組みを作り上げているのである。

安心を作り出す仕組みには物理的なものもあり、例えばフェイルセーフやフールプルーフといった概念がある。フェイルセーフとは装置やシステムに、誤操作や誤動作あるいは部品の破損などによって障害が発生した場合に、必ず安全な方向に制御されるような設計手法である。例えば、エレベーターを吊っているロープが切れても、エレベーターが落下しないように非常停止装置が働くといったものである。フールプルーフは、使用者が誤りをおかすことを前提に、使用法を制限したり、定められた手順を踏まなければ動かないようにするなどの設計手法である。例えば、洗濯機や電子レンジなどは扉を閉じなければ動かないといったものである。

安心を作り出す物理的な仕組みは、普段の生活の中でも意識して探せばすぐに見つかる。これらは使用者が安心して使える製品を提供しなければならないという社会通念や制度によって成り立っている。

制度への信頼

制度的な安心は制度への信頼によって成り立っているが、制度への信頼が成り立つためにはいくつもの信頼が必要になる。制度の仕組みが想定どおりに機能することへの信頼、制度を運用する職員に対するカテゴリー的な信頼、制度が正しく機能しているかを国民に伝えるマスメディアへの信頼など、制度に対する信頼の範囲は広い。

政府の諸制度への信頼は、国際的にみると20世紀後半に低下したといわれている。日本においても2007年から年金記録問題が報道され、社会保険制度と政府に対する信頼は大きく揺らいだ。これが2009年に行われた衆議院総選挙で政権が交代した原因のひとつともいわれている。

制度への信頼の有無と政治参加の関係性については、はっきりとした証拠はないが、ノリスの研究では、制度に対して信頼が強いほど一貫して政治参加や社会参加をしやすいとしている。

参加することよって「制度がうまく機能するように貢献する」「制度に対する信頼が高まる」「政治参加や社会参加が促される」という好循環が発生する可能性も考えられる。これは、政治参加や社会参加だけではなく、民間組織における活動にも当てはまるのではないだろうか。


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