思考の異常

思考とは、思いや考えを巡らせる内面化された行動で、広義には記憶されている情報を使用して問題を解決する知的作用の総称である。

思考の異常という場合、通常は思考内容、思考過程、思考体験の3つに分けて考えられる。ただし、これらは相互に深く関係しているため、一つだけを切り離して考えることはできない。

思考内容の異常 妄想

思考内容の異常とは、考えていることの誤りであり、この誤りが別の誤りを生み出すことにもつながる。誤った考えを生み出すプロセスとして、一般的に次のようなものが考えられている。ただし、これらのどれかに当てはまるからといって、必ずしも異常であるとはいえないのは明白である。

思考内容の異常として代表的なものは妄想である。

妄想とは客観的根拠が薄弱であるにもかかわらず、主観的な信念によってその存在を確信する心理現象である。妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識できない場合が多いこと、論理や経験、検証、説得によって訂正することができないことなどが特徴である。

妄想は個人の問題として処理されるため、社会性・集団性をもつ迷信や特殊な思想は妄想には含まれない。

妄想の分類方法はいくつか提示されているが、ここでは一次妄想と二次妄想による分類と妄想内容による分類を掲載する。

一次妄想と二次妄想

一般的には、一次妄想は根拠が無くその発生原因や動機を追求したときに客観的には理解できない妄想で、カール・ヤスパースはこれを真正妄想としている。二次妄想は個人の経験と関わりがある妄想であり客観的に理解可能である。

一次妄想と二次妄想は、心理学的に了解可能か否かで分類する場合もあるが、これに明確な境界を求めることは困難である。

一次妄想は主に、妄想気分、妄想知覚、妄想着想に分類される。

妄想気分

「周囲の世界がなんとなく変だ」「何か不気味なことが起こりそうだ」といった予感や不安感を感じ、常に緊張感を持つような心理状態である。このような状態になる動機を見極める事ができず、これが妄想へと発展し、大きな天変地異や世界の終わりが来るといった内容へと発展することもある。

妄想気分の原因は、人格の変化から発生するのではないかといわれている。

妄想知覚

正常に知覚された対象に対して、動機のない意味づけをする心理現象である。例えば、すれ違っただけの相手や一瞬目があっただけの相手に対して「自分を罠にはめようとしている」「殺そうとしている」などの客観的根拠のない意味づけをしてしまうといったものである。

妄想知覚には人格の変化が伴っていることが多い。

妄想着想

突然頭の中に浮かんだことに対して客観的根拠のない意味づけを行い、それを確信してしまう心理現象である。

これも人格の変化を仮定しなければ原因を説明することが困難である。

妄想内容による分類

妄想の内容は主に、被害的な妄想、誇大的な妄想、微小的な妄想に分けることができる。

被害的な妄想

人間関係や集団関係の中で、自分や自分が所属する集団が被害や迫害を受けると思い込む妄想で、被害妄想とも呼ばれる。

関係妄想

周囲の人々の会話や表情、仕草などを自分と関連づけて「自分の悪口を言っている」「自分への嫌がらせをしている」と考える妄想。

注察妄想

常に周囲の人間から「注目されている」「監視されている」と考える妄想。ただし、普段着ないような服を着たり、髪の色を変えたりしたときに注目されていると感じることがあるが、被害的な意味は含まれていないため注察妄想とは区別される。

追跡妄想

誰かに後をつけられていると考える妄想。

被毒妄想

自分が口にする物に毒が盛られていると考える妄想で、このとき食べ物や飲み物から異臭がしたり、嫌な味がしたりといった状態になることもある。

嫉妬妄想

自分の配偶者や恋人が浮気をしていると思い込む妄想。

盗害妄想

自分の所有物が盗まれたと思い込む妄想。アルツハイマー型認知症の患者に多く見られる。

誇大的な妄想

自分は立派で偉い人間であるなど、自分を過度に高く評価する妄想で、誇大妄想とも呼ばれる。

恋愛妄想

自分が特定の人、または不特定多数の人から愛されていると信じこむ妄想。

血統妄想

自分は天皇の子供であるなど、自分より社会的地位の高い家系の出身だと考える妄想。

発明妄想

これまでにはなかった大発明や大発見をしたと確信する妄想。

宗教妄想・予言妄想

「自分は救世主として生まれた」というような宗教的な意味合いを持つのが宗教妄想で、その中でも予言者として生まれたとするものは予言妄想と呼ばれる。

微小的な妄想

自分の能力や社会的地位、健康、良心などを過度に低く評価する妄想で、微小妄想とも呼ばれる。

貧困妄想

経済的に安定しているにもかかわらず「全財産を失う」「多額の負債を背負う」と考える妄想。

心気妄想

身体的に健康であるにもかかわらず、がんなどの重い病気にかかっていると考える妄想。長期間妄想が続くと、本当に病気になってしまうという例もある。

罪業妄想

自分が過去に行った些細な行為について、重大な罪を犯してしまったかのように自分を責める妄想。

思考過程の異常

観念奔逸(かんねんほんいつ)

考えが次から次へと湧いてくる状態で、個々の観念は表面的には結びついているが、徐々に本筋からそれていき全体としては論理的秩序が失われている。

軽度の場合は、会話中の話題が次々と変わり全体的にまとまりのない内容となる。重度の場合は、文章というよりは単語の羅列に近い状態となり、文脈を捉えることが困難となる。

主に躁状態で起こり、早口であることが多い

思考散乱

思考の進み方に論理性や統一性がなく、全体としてまとまりのない状態である。観念奔逸は個々の観念につながりがあるが、思考散乱では個々の関連性がなく全体としての文脈が整わないため、本人以外には理解できない。

保続

一度話した言葉や動作などを、別の場面や状況でも繰り返す状態で、主に大脳の器質的異常を持つ者に見られる。最初の質問の答えを次の質問でも繰り返してしまうなどの言語性の保続が多い。

思考停止

考えようとしても、頭のなかに考えが浮かんでこない状態や、考えがまとまらず思考をやめてしまう状態。うつ状態でよく見られる。

思考途絶

思考が突然止まってしまう状態で、その後再び思考が進み始める。会話中であれば話が急に中断され、しばらくしてから再び話し始める。

思考途絶は統合失調症特有の症状とされている。

迂遠思考

細かいことにとらわれ過ぎるなどで遠回りをして、目的とする結論に達するまでに長い時間がかかる現象である。

大脳の器質的異常の他に、てんかん患者にも多く見られる。

思考体験の異常

思考体験とは、経験を得るための心理過程と言える。思考体験の異常という場合は思考の体験様式からみた異常として考えることができる。

支配観念

ある特定の観念が感情に強く裏付けられ意識を占領する心理現象で、なかなか消え去らず比較的長く続くのが特徴である。例えば、食品添加物はからだに悪いという観念に支配され、どのような状況でもそれを確認して少しでも添加物が入っていれば口にしないという場合である。

強迫観念

本人の意思とは無関係に頭に浮かんできて意識を占領する心理現象で、支配観念とは違い不安感や不快感を伴う。客観的に見て意味のない、現実の生活には直接関係のない観念である場合もあり、本人がこれを自覚していることもある。ただし、それを考えないようにしようとすればするほど意識を占領してしまうため、簡単には払い除けることができない。

強迫観念による不安感や不快感を取り除くための行為は強迫行為と呼ばれ、強迫観念と同様に不合理なもので、本人がそれを自覚していることも多い。

強迫観念の中で最も多い観念の内容として「疑い」がある。衛生状態を極度に気にする不潔恐怖や洗浄強迫、鍵を締めたか、スイッチを切ったかなどを何度も確認してしまう確認強迫、不要なものだと自覚していながら捨てた後に後悔するのではないかと考え、不要品を貯めこんでしまう保存強迫なども疑いの観念が根底にある。

恐怖観念

強迫観念と同義またはその一種として捉えられることもあるが、強迫観念は不安感や不快感を抱くのに対し、恐怖観念ははっきりとした恐怖を伴う。その背景には過去の恐怖体験によって、危険を回避しようとする自己防衛がきっかけとなっていることが多い。

特定のものに対して異常な恐怖を感じる症状は、総称して恐怖症と呼ばれる。何に対して恐怖を感じるかは人によって様々であるが、大きく分けると広場恐怖、社会恐怖、特定の個別的恐怖がある。恐怖症 - Wikipedia参照

広場恐怖

「もし何かが起きた場合に、自分だけが取り残されてしまうのではないか」「人が集まってきて自分が注目されてしまうのではないか」という恐怖で、広場に限らず外出先での避難できない場所などが恐怖の対象となる。不安発作がきっかけとなり発生することが多く、「また発作が起きてしまうのではないか」という不安によって発作が起きてしまうのである。

社会恐怖

主に対人関係に関する恐怖で、対人恐怖や孤独恐怖が挙げられる。対人恐怖は特定の相手にだけ恐怖を抱く場合もあり、主に異性に対する恐怖、外国人に対する恐怖、子供に対する恐怖などがある。

特定の個別的恐怖

広場恐怖や社会恐怖以外の特定のものに対する恐怖で、例を挙げるとキリがないが、よく知られているものとして高所恐怖や閉所恐怖、動物恐怖などがある。

作為体験

作為思考やさせられ思考とも呼ばれ、自分の考えや感情、行動が自分のものではなく、外部からの力によってさせられていると感じる心理現象である。自分で行動しているという能動意識や自己所属感が失われることから、自我に障害があると考えられている。統合失調症特有の症状である。

離人体験

自分の考えが自分のものであるという実感が失われてしまう心理現象で、作為体験との違いは外部からの力で操られているという感覚はない。以前とは異なり、周囲になじめない、現実感がなくなるなどの感覚で、思考能力自体に異常は認められない。

一定の期間、強い心理的緊張の後に、急に緊張から開放されるなどの体験によって自我の変容を招くためというのが、原因のひとつと考えられている。

思考奪取

自分の考えが他人に取られてしまう、考えが外にもれてしまうと感じる心理現象で、似ているものとして、自分の考えが外にもれて拡がっていってしまうと感じる思考伝播がある。

自我の境界が確立されていないために、僅かな刺激だけでも行動が変容してしまうことが原因であると考えられている。

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