知覚の異常

人間の身体は、外部からの刺激を知覚するために様々な感覚器官をもっている。知覚の異常とは、知覚される刺激の強弱や性質に関するものであり、その原因は生理的なものと心理的なものに分けられる。

異常心理学で問題となるのは、生理学的に正常な状態でありながら異常が認められる場合である。

視覚の異常

視覚として成立する刺激は、電磁波のうち可視光線と呼ばれる波長領域(おおよそ360〜830nm)である。

視覚には、光の強弱を識別する光覚、波長の違いによって生じる色覚や、見える範囲を表す視野の異常があるが、この他にも幻視や視覚失認などの異常もある。

光覚の異常

周囲の明るさに応じて、水晶体を通る光の量を調整する機能の異常である。主に暗順応・明順応にかかる時間が問題となる。

生理学的機能の異常が原因であることが多いが、心理的な原因によることもある。

色覚の異常

正常色覚とされる範囲にない状態であり、先天性のものと後天性のものに分けられる。

先天性のものは、人種や性別によって発生する割合に違いがあり、日本人の場合は男性で5%、女性で0.2%といわれている。

後天性のものは、目や脳などの病気によって発生するものが多いが、心理的な原因によることもある。

視野の異常

視野の範囲が狭くなる異常であり、視野狭窄と呼ばれる。視野の中心部に向けて狭くなるものや、特定の範囲だけが見えなくなることもある。

主に目や脳の病気によって発生するものが多いが、刺激の性質や背景、または経験などによる心理的条件によって左右されることも多い。

聴覚の異常

聴覚は音波が鼓膜を刺激し振動することで生じる感覚である。人間の場合は可聴域と呼ばれる20〜20000Hz程度まで音として感じることができるが、聴き取ることができる周波数には個人差があることや、加齢によってもその範囲は異なる。

異常心理学で問題となるのは、心理的ストレスによる聴覚の異常で、主に難聴や耳鳴りがある。

難聴

聴覚の成立が困難となっている状態である。器質的異常の他に、情動的なストレスが原因となることもあり、これは心因性難聴と呼ばれる。心因性難聴は、無意識に難聴状態となるため一種の防衛反応であると考えられている。

耳鳴り

外部からの音声刺激がないにもかかわらず、何かが聞こえるように感じる現象で、不快感を伴う。通常は短時間で消えることが多いが、持続したり頻繁に発生することもある。

耳鳴りの原因ははっきりと解明されているわけではない。主に心因性のものであると考えられているが、脈拍と同調する耳鳴りには、腫瘍や血管の病気に起因しているともいわれている。

耳鳴りの多くは連続音であり音声として聞こえることは少ないため、幻聴とは区別されている。

嗅覚の異常

嗅覚は化学的刺激である気体を受容器で受け取ることで生じる感覚である。

嗅覚の異常には、嗅覚が弱くなる嗅覚減退、嗅覚が完全に消失する嗅覚消失、嗅覚が極めて鋭敏となる嗅覚過敏、本来のにおいとは異なるにおいに感じる嗅覚錯誤、実際にはにおいがないにもかかわらず特定のにおいがする幻嗅などがある。

原因として一般的に多いものは、風邪やインフルエンザ、または花粉症などによって鼻炎が起こる呼吸器性のものであるが、神経の障害による末梢神経性のものや、大脳の一部が腫瘍や梗塞されることで起こる中枢神経性のものもある。

また、心因性のものもあり、うつ病の患者などに見られることもある。

味覚の異常

味覚は主に、化学的受容体に物質が結合することで生じる感覚であるが、他の感覚の影響を受けやすい。心理的な影響によっても味が変わったように感じてしまうため、味覚に異常があると誤認しやすい。

味覚障害には薬物性のものの他に、神経系の障害や亜鉛不足によるものもある。

空間知覚の異常

空間知覚とは、知覚対象の大きさや広がり、方向、対象物間の相互関係や位置関係など、3次元的な空間特性とその変化の知覚である。

人間の場合は主に視覚に頼る部分が大きいが、聴覚や触覚によっても空間を知覚できる。

空間知覚の異常には主に、外界が非常に大きく見える大視症、非常に小さく見える小視症、歪んだり波打ったりする変視症などがある。外界全体ではなく、特定の対象のみである場合や、特定の範囲だけに異常が見られる場合もある。

身近な例として、仰向けで睡眠に入る過程で、天井が異様に近く、あるいは遠く感じられたりすることが挙げられる。これも通常とは異なる空間知覚がなされていると考えることができる。

これらは、主観的なイメージの変容によって起こる現象であり、視覚に異常がない場合にも発生するため視覚の異常とは区別される。

空間知覚の異常は主に意識の異常と関連しており、てんかんやせん妄状態で起きやすい。

「不思議の国のアリス」に因んで、不思議の国のアリス症候群とも呼ばれる。

時間知覚の異常

時間知覚の場合は空間知覚とは異なり、視覚や聴覚のような対応する感覚器官がない。通常は視覚や聴覚などで外界の変化を感じたり、それらの体験を意識する内界の変化によって時間経過を感じている。従って、心理的な状態によって時間の遅速の感じ方は異なるため、物理的な時間と心理的な時間は必ずしも一致するとは限らない。

時間知覚の異常とは、心理的時間の遅速の異常ということになる。

一般的には、誘意性が高く、活動水準が高い作業ほど、時間経過は短く知覚される。また、外部からの刺激が体制化されているほど、時間は短く知覚される。

空間知覚も時間知覚も主観的なものであるため、異常かどうかを客観的に判断することは困難である。

妄覚

実際の現象とは違う形で知覚される錯覚や幻覚などは、総称して妄覚と呼ばれる。

錯覚

錯覚には錯視や錯聴の他に、触覚の錯覚や運動感覚の錯覚などがある。いずれも物理的要因や生理的要因に起因するものは正常の範囲であることが多いが、異常心理学で問題となるのは心理的要因に起因するものである。

普段の心理状態であれば見間違えるはずもないものが、そのときは違って見えたなどの場合である。心理的な原因としては主に、先入観や期待感情、興奮、疲労、眠気などがある。

幻覚

幻覚は知覚対象が存在しないにもかかわらず知覚される現象である。幻覚には幻視、幻聴、幻触、幻嗅、幻味などの他にも、平衡感覚や運動感覚などの幻覚もある。

幻視は実在しないものが見える現象で、光や物といった単純なものから、人間や動物、情景などの複雑なものまで様々である。主に意識の異常に起因していることが多い。

これ以外にも自分の姿が目の前に見える自己幻視や、知覚対象が視野の外にある域外幻視などがある。これらは、精神病や脳動脈硬化などのせん妄状態のときに多く見られるという。

幻聴は実在しない音が聞こえてくることで、自分に対する悪口や噂、命令などの人の声が聞こえてくることが多い。主に意識の朦朧状態で起こることが多いが、精神分裂病や統合失調症でも見られる。

幻触は触覚に関する幻覚であり、刺激対象が存在しないにもかかわらず皮膚の上を虫が這っている、誰かに触られているなどの感覚である。

幻嗅は嗅覚に関する幻覚であり、主に自分から異臭がするなどの幻嗅が多く、味覚の幻覚である幻味と同時に生じることもある。妄想的なものであることが多く、不快感情に結びつく幻嗅が多い。幻味に関しても、毒を盛られているなどの内容のものが多い。これら心理的な原因の他に、脳腫瘍やてんかん発作の前兆としても起こることがある。

失認

知覚が成立しており、意識の異常や知能障害も認められないにも関わらず、刺激が何であるか認知することができない状態が失認である。主に視覚失認、聴覚失認、触覚失認などがあるが、人の顔の表情が識別できない、だれの顔かわからないという相貌失認なども含まれる。

失認は主に、脳の機能障害に起因していることが多いが、強い情動体験による心理的な要因によるものもある。

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