欲求の異常

生物が活動する上で欲求というのは重要な役割を担っている。空腹になれば食欲が増し、身体的あるいは精神的に疲労すれば休みたいという欲求が増す。お金が欲しければ働くし、わからないことがあれば知りたいと思う。もし欲求がなければ人間はすぐに絶滅してしまい、文明がここまで発達することもなかっただろう。

人の欲求は生理的欲求と心理的欲求に大別できる。

生理的欲求とは食欲や睡眠欲、排泄欲など主に生命を維持するための生得的な欲求である。性欲は生命を維持する上で直接関係するものではないが生理的欲求に分類される。

一方、心理的欲求は集団に属したい、他人に認められたいなどの社会的な欲求や、自分の理想を追求したいという自己実現の欲求などがある。これらは個人の経験に依存するとされており、その欲求の強弱や質が異常な心理現象に大きく関わっている。

欲求不満と不適応

人は欲求を満たそうとして行動を起こすが欲求が単純な形であらわれることは稀で、いくつかの欲求が互いに絡み合ってあらわれたり、特定の欲求が他の欲求を抑圧したりする。心理的欲求によって生理的欲求が抑圧されることもある。行動したからといって必ずしもすべての欲求が満たされるわけではないのである。

このように欲求が満たされない状態は欲求不満と呼ばれる。人は欲求不満状態になると心理的安定性を保とうとして、攻撃、逃避、防衛などの行動を起こす。これらの行動は適応機制と呼ばれる(欲求不満|社会心理学 参照)。

適応機制よって起こる行動は、その良否は別として正常な状態であるといえるが、うまく働かない状態は不適応と呼ばれる。これは一過性、または慢性的に欲求不満の状態が続いていることを意味する。慢性的な不適応は円満な社会生活を送ることが困難となる場合もあり、異常な心理現象を伴うこともある。

不適応の原因は大脳の器質的疾患の他に、心因性のものもある。特にうつ状態や強迫症などでは、適応のメカニズムがスムーズに機能していないことが考えられる。ただし、これらの症状があるから適応がうまくいかないのか、適応がうまくいかないから症状が出るのかは明確ではない。この他にも、突発的な情動体験によって適応がうまくいかなくなることもある。

適応機制の中には、別の欲求を満たすことでバランスを取ろうとする防衛行動がある。これが慢性化すると異常行動へと発展することもある。

食欲の異常

食欲は生理的欲求のひとつであるが、必ずしも生命活動を維持するための欲求であるとは限らない。食欲の生起は主に体内の栄養不足、内臓感覚としての空腹感、食べたいという欲求などが相互に関係している。

食欲の異常は、量的なものと質的なものに分けることができる。

食欲の減退

食欲が減退、または喪失する状態で量的な異常である。その原因は様々であるが、主に心理的なものによる食欲不振や拒食が挙げられる。幼少期の摂食の強制や、肥満になることへの不安や恐怖、過度の緊張や欲求不満などが考えられている。

食欲の亢進

食欲が異常に亢進する状態で、過食とも呼ばれる。心理的な原因として、欲求不満を解消するための代償行動であることが多い。

異食

主に食欲の質的な異常で、栄養価のない紙や石けん、毛髪などが食べたくなる、または実際に食べてしまう現象である。

一般的な原因として考えられているのは、愛情不足による欲求不満の代償行動、幼児期への退行現象、心理的葛藤状態などがある。

性欲の異常

性欲は、生物学的には種の保存という目的を持っている生得的な欲求である。性欲の異常という場合、量的な異常と質的な異常とに分けられるが、性欲自体を量的に測定することが困難である。

一般的に、性欲亢進の異常は極まれである。加齢とともに性欲が減退するのも自然的なものといえるし、個人差もある。むしろ、性欲は正常であるが不安や恐怖、年齢などの要因によって性行為が行えない場合のほうが多い。

性欲の質的な異常とは、通常とは異なる手段で性的な満足を得ようとする心理現象である。個人の生理的条件や生活環境に左右されるためその手段は様々であるが、大き分けると性対象の倒錯と性目標の倒錯がある。

性対象の倒錯を異常とするかどうかは時代や文化によっても異なる。日本の場合、同性愛や歳の差カップルは今では珍しくもなく、法律的なことは別として一般的には認知されている。

性目標の倒錯とは性欲の解決手段の倒錯で、主に露出や窃視などがある。窃視とは性行為などを覗き見ることで性的欲求を満たそうとする心理現象である。発達過程における性への興味や関心は正常な反応であるが、これらが習慣的、あるいは強迫的傾向を帯びてくると異常な心理へと発展することもある。社会的秩序を乱してまで欲求を解消しようとする場合は異常な心理といえる。

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