コミュニケーションと認知

受け手に情報を伝えることは、受け手に影響を与えるだけではなく送り手自身にも認知的な変化が起こる。


受け手へのチューニングと態度変容

ヒギンズらの研究では、実験参加者は送り手としてある人物の情報を受け手に伝える役割が与えられた。このとき、送り手に受け手がその人物に好意をもっていると伝える群と、嫌っていると伝える群に分けた。すると、受け手がその人物に対して好意をもっていると伝えた群では、人物の良い面を強調した情報伝達が行われたのに対して、受け手がその人物を嫌っていると伝えた群では、良くない面を強調して情報を伝えたのである。これは「コミュニケーション手段」のページでも記載したように受け手へのチューニングである。

その後、送り手にその人物に対する印象を評定してもらうと、良い面を強調して情報を伝えた群では好意的な印象が、良くない面を強調して伝えた群では非好意的な印象を形成していたのである。さらに、送り手が最初に与えられたその人物に関する情報をどの程度覚えているかを自由再生によって確認すると、印象に一致する情報を多く覚えていたのである。

これらは個人的なレベルでいくつかの説明が可能である。まず、この実験で見られた受け手へのチューニングが非意識的なものだと仮定すると、受け手に伝えた内容と送り手の人物に対する印象が一致するのは、認知的不協和の解消であると考えられる。つまり、伝えた内容と送り手自身の態度が異なっていれば認知的不協和状態に陥るため、これを解消するために態度を変えたのである。

別の視点では、受け手へのチューニングが意識的か非意識的かに関わらず、受け手に情報を伝えることは、記憶を維持するリハーサルとして捉えることができる。つまり、受け手に伝えた内容が記憶に残りやすいために、内容と一致する印象を形成する、あるいは印象と一致する情報を覚えていたと考えることができる。

理由はどうであれ、私たちは見聞きしたものをそのまま記憶しているだけではなく、コミュニケーションを通じて相手に伝えることで、態度や記憶が変化することもあるのである。

言語期待バイアス

相手に対してステレオタイプや印象など先入観をもっている場合、その先入観と一致する行動に対しては形容詞などを使った抽象的な表現が行われやすく、一致しない場合は動詞などを使った具体的な行動だけが記述される傾向がある。これは言語期待バイアスと呼ばれている。例えば、好意的な印象をもっている相手が飲み物をもってきてくれたら「やさしい人」「とても気が利く人」などの表現をしやすく、嫌いな相手がもってきた場合は「飲み物を持ってきた人」という表現が行われやすい。少なくとも嫌いな相手に「やさしい人」という表現は使わないだろう。

形容詞には人間の感覚や感情を表すものが多い。「やさしい人」という表現を使えば、その人に好意的な印象をもっているように相手に伝わってしまうので、感覚や感情を切り離して現象のみを記述する表現が選択されやすいのだと考えられる。

ステレオタイプ

コミュニケーションを円滑に進めるためには、送り手が受け手に情報を伝えて理解してもらう必要があるわけだが、伝わりやすい情報のひとつにステレオタイプがある。ステレオタイプは、対象となる集団やカテゴリーに属する成員に対して人々が共通してもっている印象であるわけだから、伝わりやすいし同意してもらいやすい。状況によっても異なるが、一般的にはステレオタイプに反する情報よりも一致する情報の方が会話に登場しやすいという研究結果が多い。

また、嘉志摩らの研究では、双方向に情報が行き来する会話ではなく、一方向に情報が進んでいく連鎖再生法を用いて実験を行っている。これは、ある人物に関する話題を次々に伝えていく伝言ゲームのようなもので、この実験によると、連鎖の最初の方では、ステレオタイプに反した情報が強調され多めに伝えられる傾向があるのに対して、伝達者が増えるに連れてステレオタイプに一致する情報の割合が徐々に増えていき、最終的には逆転することが多いという。

ステレオタイプに反する情報というのは、受け手にとってはいくらかの驚きを感じるだろう。しかし、上述した言語期待バイアスを用いれば、反ステレオタイプ的情報は徐々に控えめな表現になり、ステレオタイプ的情報は形容詞などを用いた表現によって誇張されていくと考えられる。

これらは、情報の送り手と受け手、そして話題の対象となる人物やモノという3者関係によって成り立つため、状況やそれぞれの関係性によって結果は異なってくるだろう。ただ、ひとつだけ確かなことは、情報の受け手は伝えられた情報をそのまま記憶して次の相手に伝えているわけではないということである。これは人間の記憶の性質をよく表している。記憶された情報が他の情報と結びついていなければ、その情報を取り出すことはできない(記憶が十分に活性化されないと意識に上らないという仮定からのひとつの帰結)。つまり、新しく記憶される情報は既存の記憶に大きく影響されるのである。例えば、一般的な日本人が日本語の文章を記憶するよりもラテン語の文章を記憶するほうが難しいということを考えればわかりやすいだろう。もし、日本語とラテン語が混在する文章を伝言ゲームに用いれば、ラテン語は文章から徐々に失われていくか、あるいはそのラテン語と音が似ている日本語に置き換えられるだろう。

ステレオタイプ的情報も、既存の記憶と一致しやすいために印象として記憶に残りやすいこと、そして既存の記憶にある形容詞的表現が付与されやすいことが考えられる。また、反ステレオタイプ的情報は、ラテン語が日本語に置き換えられるのと同じように、音かあるいは意味的に既存の記憶と似ているものに置き換えられることによって、ステレオタイプ的な情報あるいは(ステレオタイプ的でも反ステレオタイプ的でもない)中性的な情報へと変容していくのではないかと考えられる。


参考書籍
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