他者の心的状態の推論

私たちは他者の属性を推論することとは別に、ある状況に遭遇した他者がどのように感じているのかといった心の状態も推論している。ここでは他者の心的状態をどのように推論しているのかを見ていく。


類似性による推論の違い

エイムズの研究では、あらかじめ、推論の対象となる人物が大学院で何を学んでいるのかというステレオタイプ的情報と、推論の対象となる人物と実験参加者にいくつか質問をし、その回答が同じあるいは同じではないという類似性に関する情報が実験参加者に与えられた。その後、実験参加者に、推論の対象となる人物がパズルを解いている映像を見て心的状態を推論してもらった。その結果、推論の対象となる人物が実験参加者と類似している場合、実験参加者は自分の心的状態を投影した推論をする傾向が強いのに対して、自分とは似ていない他者の場合には、ステレオタイプに基づいた推論をする傾向が認められている。

この結果については2つの解釈が成り立つ。1つは、情報の適用可能性である。自分と類似しているということは、自分が同じ作業をしたときの心的状態とも類似することが予測できるため、自分ならどう感じるかということを推論に用いることができる。逆に自分と類似していない場合は、自分ならどう感じるかという情報を推論に適用できないため、ステレオタイプ的情報に頼らざるを得ない。

もう1つは、認知資源の使用の有無である。自分と類似している否かは好意や興味とも関係している。自分ならどう感じるかを想像するのは少なからず認知資源を使用するが、興味を持っているものについては積極的に認知資源を用いる。しかし、自分と類似していない、すなわち相対的に好意度が低い場合は、比較的認知資源を使わなくて済むヒューリスティック的方略を用いるため、ステレオタイプに基づいた推論になるというわけである。

自分の現在の心的状態

ヴァンボーヴェンらの研究では、実験参加者にハイキング中に遭難した人たちが「のどの渇き」と「空腹による飢え」のどちらにより苦しむと思うかを想像してもらった。このとき、半数の参加者にはランニングマシンで汗をかいた後に、この課題を行ってもらった。すると、運動をしなかった参加者はのどの渇きよりも餓えに苦しむだろうと推測したのに対し、運動をした参加者はのどの渇きに苦しむだろうと推測した。

この実験から、他者の心的状態を推論するのに自分の現在の心的状態が反映されていることがわかる。

ナイーブ・リアリズム

上記の研究を見ても分かる通り、私たちは他者の心的状態を推論するのに自分の心的状態を投影させる傾向が強い。この傾向は、自分のものの見方や感じ方は客観的であり、他の人も同じようにとらえていると考えるナイーブ・リアリズムが基礎にあると考えられている。

ナイーブ・リアリズムは主観的であり、偏ったものの見方になる可能性が高い。自分ではまったく苦にならない作業や環境でも、他の人にとっては精神的あるいは身体的負担になることもある。いくつかの社会問題の原因の一端が、このような偏ったとらえ方にあるようにも思える。

「相手の気持ちになって、ものごとを考える」ことは多くの場合に有効ではある。しかし、環境や人の嗜好が多様化する現代社会において「相手の気持ちになって、ものごとを考える」だけでは問題は解決しないであろう。私たちは、一人ひとりが違う世界を見ているということを認識する必要があるのではないだろうか。


参考書籍
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