攻撃行動

社会心理学では、攻撃行動は無抵抗の相手に対して危害を加えようと意図して行われる行動と定義されることが多い。身体的暴力だけでなく精神的な苦痛を与えることも攻撃行動に含まれる。ただし、相手を傷つけることを目的としていない行動は攻撃行動には含まない。スポーツの最中に偶然相手に怪我をさせてしまった場合や、ネットでの書き込みを読んで誰かが傷ついたとしても、本人に傷つけようという意図がなければ攻撃行動とは呼ばない。


攻撃の種類

攻撃行動を方法によって大別すると、直接的攻撃と間接的攻撃がある。直接的攻撃とは面と向かって相手を傷つけることで、間接的攻撃とは面と向かった争いなしに相手を傷つけることである。攻撃行動を目的によって大別すると、怒り感情がコントロールできなくなって人を傷つける情動的な攻撃と、攻撃以外の別の目的を達成するために行われるツールとしての攻撃がある。ただし、この区別は明確ではなく、両方に当てはまる場合もある。

一般的に攻撃性に対する考え方は、内的衝動説、情動発散説、社会的機能説の3つに大別される。

内的衝動説とは、攻撃動機は内発的であり、人間にはもともと攻撃性が備わっているという考え方である。進化心理学では、子孫繁栄のために遺伝的に関わりのない者を攻撃するという説もある。

情動発散説とは、フラストレーションの蓄積による欲求不満を解消するために攻撃行動が行われるという考え方である。経済不況や気温が高い状態では攻撃行動が増大するというデータもあり、これは環境に対する不快感が人間に対する不快感であると誤って帰属されるためであると考えられている。ただし、欲求不満が必ずしも攻撃行動に直結するわけではない。

社会的機能説とは、社会的な問題解決のために攻撃行動が行われるとする考え方である。これは情動的な攻撃行動とは対象的に、目標志向的であり計画的である場合が多い。

以下では、この3つの考え方を基に具体的な内容を見ていく。

フラストレーションの解消

ジョン・ダラードらは、攻撃は目標を達成するための行動を阻止されたことに対する自動的な反応であるとし、欲求不満-攻撃説を提唱した。しかし、別の目的を達成するためのツールとしての攻撃行動には当てはまらないこと、欲求不満が必ずしも攻撃には結びつかないことなど、多くの反論が出た。

これらの問題を解消するために、レナード・バーコウィッツは改訂版となる欲求不満-攻撃説を提唱した。この改訂版では、欲求不満は情動的攻撃のみにリンクしており、ツールとしての攻撃にはリンクしないとした。そして、欲求不満は否定的な感情が生じたときのみ攻撃を引き起こし、否定的な感情は欲求不満だけではなく、苦痛や暑さ、不快な経験によっても引き起こされるとした。つまり、攻撃と直接結びついているのは否定的な感情である。

苦痛や暑さなどが攻撃性を高めることを支持する研究は数多くある。これらの研究ではあらゆる種類の暴力行為が気温の上昇とともに増加することを示しており、さらにレイフマンらの研究によると、暑ければ暑いほどメジャーリーグの試合でのデッドボールの数が多くなるという。これは統計的な分析の結果、暑さでコントロールが悪くなったからではないという。

否定的な感情の生起によって攻撃性が高まっているときには、大抵は生理的な興奮状態にある。ツィルマンは、例えば運動などによる心拍数や血圧の上昇などによって攻撃性が高まることもあるのではないかと考えた。実際にいくつかの研究によって、別の生理的興奮が怒り感情に転移する可能性が示されている。

攻撃性は経済状態によっても変化するという研究がある。ホブランドとシアーズの研究では、1882年から1930年にかけてのアメリカ南部における綿花の価格と暴力的な私刑数の関連を調べた結果、綿花の価格が下落すると私刑数が増加することを発見した。さらに、ヘップワースとウェストは別の統計手法を用いて分析した結果、私刑数が最も多くなったのは、不景気の後に好況が訪れたときであることを発見した。彼らはこれを相対的欠乏感が原因ではないかと考えた。つまり、経済全体が不況から回復して良くなっているにもかかわらず、自分の経済状態が良くなっていないことに対して、失望感や焦りなどの否定的感情が生起するからではないかと考えられる。

性格的要因

攻撃性が高い性格としてタイプAと呼ばれる行動傾向が知られている。タイプA性格とは、目標を達成することに強い関心をもち、敵意性と攻撃性を示し、人と競争することを好み、つねに時間に追われるような予定を立てる行動傾向のことである。このような性格の人は心臓疾患のリスクが高いことでも知られている。また、タイプA性格の人は、競争の激しい職場環境を自ら選ぶ傾向があるという。つまり、競争的で攻撃性を高めるような環境を自ら作り上げているともいえる。

社会的報酬を得る

攻撃行動の獲得に関して最も影響力のある理論のひとつに、バンデューラが提唱した社会的学習理論がある。バンデューラの実験では、子どもたちに大人が人形に対して攻撃行動をする映画を見てもらい、その攻撃行動の結果モデルの大人が「報酬を得る」「罰を受ける」「結果を見せない」という3つの群に分けた。その後、子どもを人形と多くのおもちゃが置いてある部屋にひとり残し行動を観察した結果、モデルの大人が報酬を得るのを見た子どもが最も攻撃行動が多く、罰を受けるのを見た子どもは攻撃行動が明らかに少なかったのである(詳しくは「観察学習-バンデューラの実験」を参照)。子どもは単純に行動を模倣しているだけではなく、行動の結果によって模倣するかしないかを決めているのである。バンデューラはこのような報酬に動機づけられた攻撃行動は怒りやフラストレーションを必要としないとしている。

報酬に動機づけられた攻撃行動は大人にも見られる。暴力とまではいかなくても、怒鳴ったり物にあたったりすることによって、相手の行動をコントロールしようとする人を見たことがある人も多いだろう。この方法で相手が言うことを聞くようになると、それが報酬となり何度も同じ方法をとるようになる。

このような、ツールとしての攻撃行動は、子どもの頃の両親との関係性が影響していることもある。いくつかの研究で、両親に攻撃行動を厳しく罰せられた子どもは、非行に走りやすいことや、両親がいるところでは攻撃行動をしなくなるが、両親がいない家の外では攻撃的になることがわかっている。バンデューラとウォルターズは、罰を用いた両親がモデルになっていると考えることで、この理由を説明できるという。つまり、人間関係はこのような暴力的な主従関係であることを親から学んでいるのである。ここで報酬となるものは人間関係の構築である。

支配欲求

ジェームズ・ダブズらは、男性ホルモンの一種であるテストステロンと社会的行動の関連を探るための幅広い調査を行っている。その調査では、テストステロンの量が多い人は攻撃的で暴力性が高いという結果が得られている。ただし、これらは相関関係であって、テストステロンの量が多いだけで必ずしも暴力的になるわけではない。アラン・メーザーとアラン・ブースによる検証では、テストステロンの量が直接攻撃性に関係しているわけではなく、テストステロンの増大は他人を支配したいという動機づけを増大させ、その目的を達成するための行動が攻撃的な場合もあるとしている。つまり、テストステロンの量は間接的に攻撃性に影響を与えている。

現代社会において、他人を支配したいという欲求を満たすわかりやすい方法は、組織内で昇進したり、起業して成功することによって社会的地位を上げることであるが、それだけではない。

ジェームズ・ダブズとロビン・モリスは、4462人のアメリカ退役軍人の上流階級と下流階級の男性を対象とした、テストステロン値と成人非行の関係を調べた。その結果、上流階級の男性ではテストステロン値が高くても反社会的行動が増えることはなかったが、下流階級の男性では成人非行のリスクが大幅に上がっていた。ダブズとモリスは、上流階級の男性は反社会的行動ではなく、スポーツや株取引などのリスクのある行動をとることによって発散させているという。しかし、下流階級の男性は仕事で支配欲求を満たすことは難しく、仕事が見つかりにくいこともあってフラストレーションが溜まりやすいために、反社会的行動を行いやすいのではないかと考えられる。

自己を守る

攻撃行動の中には、自分を守るために行われるものもある。自分の身に危険を感じたときに攻撃性が高まることは、状況によっては闘わなければならないこともあるため、進化という観点から見ても納得できるものである。また、社会的評価や自己評価が下がるのを回避することも自己を守ることである。これらは解釈の仕方によっては、安全という報酬を得るための行動と捉えることもできる。

暴力的な犯罪者の中には、他者を脅威の対象とみなして先にやらないと自分がやられると恐れている人たちがいる。このような人たちは、些細なことでも自分を傷つける行為だと解釈する傾向があり、感情的になりやすい。

ただし、自己を守ろうとすることが必ず暴力に発展するわけではない。筋肉質で自分より身体の大きな相手に対して暴力を振るえば、さらなる危険にさらされるかもしれない。危険と効果を天秤にかけ、闘うか逃げるかを判断しているのである。だからこそ、匿名性が高く反撃されることの少ないインターネットの掲示板などでの暴言が多いのだろう。

武器を所持することの危険性

日本ではほとんどないと思うが、海外の治安の悪い地域では、自分の身を守るために銃やナイフといった武器を所持する人がいる。これらの武器はもちろん所有者が危険な相手に対して使うものであるが、実際には所有者以外の人間が所有者に対して使うことが多いという。また、フラストレーションが増大している状態で銃などの武器を見ると、攻撃的な思考や感情も増大することがわかっている。つまり、武器を所持することが殺される危険性を高めているのである。

銃の所有によって殺人事件よりも自殺件数のほうが増えるという研究がある。また、銃を所有している家庭は所有していない家庭よりも、青年期の子どもの自殺率が4倍も高いという調査もある。これらは、自分や家族に自殺という選択肢を与えてしまうことがひとつの要因ではないかと考えられる。

暴力事件が増えれば増えるほど、自分や家族を守るために武器を所持する必要に迫られる。実際に武器によって命が守られることもあるわけだが、武器を所持することが殺人事件や自殺を促していることも忘れてはならない。


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