社会参加のメリット

社会は視覚的に実体が捉えにくいため、人が社会を動かしているという認識をもつ人はあまりいないかもしれない。しかし、個々人の行動の集まりが暗黙のルールや明示的な規則を形成し、社会というマクロな結果につながっていることは否定できないだろう。

具体的には、選挙などを考えるとわかりやすいかもしれない。選挙で誰が当選するかによってその後の政策は大きく変わってくるし、どのような政策を推進するかは社会の方向性を決めることでもある。その選挙で当選する人を決めるのは、個々人の投票である。

一般的に、私的な活動とは別に、企業活動や学校行事、あるいは地域コミュニティの活動など、社会というマクロな結果に結びつくような活動を社会参加と呼んでいる。選挙の場合も、個人の投票がマクロな結果に影響を与えるわけだから社会参加であるといえるが、政治に関わるものは特別に政治参加という用語がある。政治システムへの影響は社会システムにも影響を与えるわけだから、広い意味では政治参加も社会参加の一部であるといえる。

このページでは、社会参加が個人あるいは集団にとって、どのようなメリットをもたらすのかをみていく。


社会関係資本

社会関係の構造的特性が、人々へ何らかの効用をもたらす資源になるという考え方、あるいはその過程に注目したものが、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)という概念である。

パットナムをはじめとする社会関係資本論では、上下関係のない水平的なネットワークをもつボランタリー組織において、信頼と互酬性の規範や社会参加が生じやすくなるとしている。逆に垂直的なネットワークでは、社会関係資本においてはマイナスに働くと考えていた。パットナムは実証研究によって、水平的ネットワークの重要性を強調したが、この研究は多くの批判を引き起こすことになった。見方を変えると、パットナムの研究によって社会関係資本の研究は活発化したともいえる。

パットナムの研究への批判のひとつとして、社会関係資本の良い面にしか目を向けていないというものがある。水平的なネットワークでは、メンバー間で対立が生じやすいため、偏見や排除、不信や非協力といったことが起こるのではないかという批判である。こうした良くない面を回避できないのならば、必ずしも水平的なネットワークが良いとは言えないだろう。

また、違う視点からの批判では、パットナムの議論は文化的な同質性が前提であるネットワークを対象としているというものもある。これは、政治的な考え方が異質な人々が集まると対立が生じやすく、対立を避けるために社会参加あるいは政治参加が抑制されるという考えが背景にある。ただし、異質な人々との接触によって政治参加が促進されるという研究も多くあり、今のところどちらがどうとは言えない状況である。

安心と効率

現代人の我々が、何も持たずにひとりで無人島で生活することが想像できれば、いかに社会の中で生きることが安心かつ安全なのかがわかるだろう。食べ物や住居の確保、怪我や病気への対処、外敵から身を守る方法など、多くの面で社会の中で生きる方が安心と安全を確保するのが容易なのである。

「社会とは何か」という問いに一言で答えるならば「人と人との関係である」といえる。関係が生じればそこにはルールができあがる。ルールのない関係は長続きしないだろう。物を買うにしても、怪我や病気の治療をしてもらうにしても、ルールが存在している。法律という制度によって、私たちは安心して外を歩けるし、家で寝ることもできる。

無人島の例は極端ではあるが、人間社会との大きな違いはモノや情報の交換であるといえる。交換できることによって、苦手なことは他者に任せ、自分は得意なことだけをできるのである。そしてこの交換にもルールは存在している。

もう少し現実的な話をすれば、国や地方の政治を政治家に任せていることも、治安の維持を警察に任せていることも、広い意味では交換によって成り立っている。国民が税金を払うことによって、税金を支払う側も受け取る側も自分の仕事に集中できるのである。

自己評価と健康

社会参加と聞いてまず思い浮かべるのは、選挙の投票やボランティア活動ではないだろうか。税金を払うことも広い意味では社会参加ではあるが、多くの場合自発的なものではないため、社会参加に含めないこともある。

では、自発的な社会参加であるボランティア活動などはどのようなメリットがあるのか。まず個人レベルでみてみると、社会に参加しているという実感が得られることが挙げられる。自分のことを「社会性のある人間である」と捉えている場合、ボランティア活動に参加できるのに参加しないことは、自己評価を下げることにつながる。人は自己評価を高めたり維持するような行動を取りやすいと考えられているため(自己評価ページを参照)、自己評価を下げるような行動には不快感を感じるだろう。また、ゴミ拾いや被災地への支援などのボランティア活動は「街が綺麗になる」「人々が笑顔になる」など、自分の行動による変化を実感しやすい。これは自己効力感や自尊感情を高めることにもつながるため、自身の精神的健康にも良い影響を与える可能性がある。

集団レベルでみると、自発的な社会参加は社会をより良い方向へ導くための活動であるともいえるわけだから、集団全体にも影響を与えるだろう。例えば、ボランティアでゴミ拾いをしている人を横目に道にゴミを捨てる人は少ないだろうし、街の美化や地域コミュニティの形成をきっかけに、その地域に人が集まってくるかもしれない。人が集まればその自治体の税収が増え、より良い公共サービスが受けられるだろう。より良い公共サービスを受けることは自己評価を上げることにつながるし、自尊感情を高めることにもつながる。

ソーシャル・ネットワーク

社会参加を通じて人間関係が広がることもメリットとして挙げられるだろう。大抵の場合は、その場のみの関係や断続的な関係になることが多いと思われるが、異なる文化、業種の人と知り合う機会となる。「ソーシャル・ネットワーク」のページでも記述したが、このような弱い紐帯は自分とは違う視点や考え方に触れることができるため、自分あるいは自分の集団が直面している問題の解決やイノベーションといった観点から、大きなメリットになるのではないかと考えられる。


参考書籍
おすすめの実用書
社会心理学カテゴリー
社会
トップメニュー
物理学