文化と文化差
文化とは、とらえどころのない抽象的な概念であり、これまでその定義をめぐる議論が研究者の間でなされてきた。トリアンディスは、研究者に概ね共通する文化概念として以下の3点を挙げている。
- 人と環境との適応的相互作用の結果として生じる
- 実践や意味の共有といったいくつもの共有要素から成り立つ
- 親から子孫といった垂直方向、同世代の仲間の相互作用を通じた水平方向、学校やメディアなどの社会制度を通じて斜め方向にも時代や世代を超えて伝達される
文化的価値の次元
古典的研究として知られるホフステッドによる国際調査では、多くの国や地域で働くIBM社員を対象として仕事観の調査を行った。その後も調査を重ね、最終的に以下の5つの文化的価値の次元を抽出した。なお、文化的価値次元の抽出はさまざまな研究者たちによってなされている。
- 権力格差
- 個人主義―集団主義
- 男性らしさ―女性らしさ
- 不確実性の回避
- 長期志向―短期志向
権力格差
権力の弱い成員が、権力格差が大きい状況を受け入れている程度を示す。一般的に権力格差が大きい組織では、権力が少数の人々に集中しピラミッド型の階層構造を形成する。一方で権力格差の小さい組織では、分権化されよりフラットな構造をもつ。
個人主義―集団主義
個人主義とは集団の目標よりも個人の目標の達成を重視する傾向を指し、集団主義は集団の調和を重視し、個人の目標よりも集団の目標を優先させる傾向を指す。
文化差を説明するための次元として、この個人主義・集団主義という概念は頻繁に用いられてきた。一般的なものとして、欧米人は個人主義、アジア人は集団主義という区分があるが、近年ではこれについて疑問視する声もある。
男性らしさ―女性らしさ
「男性は仕事をして稼ぐ、競争を好む」「女性は家事や育児をする、協調的である」といった性役割観が強調されている程度を指す。男性らしさの強い文化では、男女の役割が明確に区別されるのに対し、女性らしさの強い文化では、男女で役割が重なり合っており役割の違いがあまり存在しない傾向がある。
不確実性の回避
不確実な状況に対して脅威を感じる程度を指す。不確実性回避の程度が強い文化では、長期雇用や保険などを重視し、規則を定めることによって予測可能性を高めたいという欲求が強い傾向がある。逆に不確実性回避の程度が低い文化では、合理性を重視し、変化への抵抗感も少ないためリスクへの対応も柔軟に行われ、競争や対立を当たり前のものとして受け入れられる。
長期志向―短期志向
長期あるいは短期的な志向を好む度合いを指す。長期志向の文化では、忍耐や持続、倹約、地位や序列関係、恥の感覚といった価値が重視される。短期志向の文化では、安定、面子、伝統、あいさつや贈り物のやりとりなどが重視される。
文化の解釈
トリアンディスは、国や地域のレベルではなく個人レベルでの個人主義的傾向・集団主義的傾向について論じている。彼によれば、人は誰しもこの2つの側面をもっているが、どの文化に生きるかによって、どちらの事態をより多く経験するかが異なるという。つまり、経験を通してその文化に合致する思考や行動を学習し、個人に内面化されるという考え方である。
近年では、個人に内面化された価値や信念よりも、価値や信念が周囲の人々に共有されているという考えの方が、人々の行動傾向の規定因としてより重要であるという指摘もなされている。つまり「自分のいる場所はこのような文化で、それが周りの人々にも共有されている」ことを知覚することによって、個人としてはその価値を重視していなくても、その価値を重視しているかのような集団主義的な行動をとりやすいという。これは「日本人は集団主義的な心をもっているわけではなく、社会環境の側に、集団主義的にふるまうことが有利になるような特徴が備わっている」とする山岸の指摘とも重なる。
これらの考え方は、暗黙的に人の心の基礎的プロセスは普遍的であるとする心性単一性が前提となっている。ただ、文化の異なる人々の間には、世の中をどう知覚し理解しているかという基本的な認知や思考様式も異なっているとする立場の研究者もいる。これは、文化が人の内側にあるのか外側にあるのかという違いとして解釈でき、研究者あるいは研究分野によって立場は異なるようである。
- 『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『Social Psychology: Goals in Interaction (6th Edition)』 Pearson(2014)
- 『心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2004)
- 『認知心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)