情報の送り手と受け手

マスメディアが発する情報の伝わり方の全体像をみるには、主に3つの視点が必要になる。情報の送り手の視点、情報の受け手の視点、そして情報が伝播していくソーシャル・ネットワークの視点である。


情報の送り手

マスメディアが発する情報の代表的なものは、社会のできごとやその争点、あるいは近い将来に予想されるできごとなど、世の中の今を伝えるニュースである。その媒体となるのは、テレビや新聞、雑誌などがあり、近年ではインターネットのニュースサイトなどもあるが、どれも営利企業によるものであることが多い。そこには競争が生じるため、必然的に多くの視聴者が関心をもつ内容に重点がおかれることになる。これに加え、送り手の時間あるいは紙面上の制約によって、情報は選択と編集が行われる。これらは、多くの視聴者が不自由なく情報に接することができるという利点がある一方で、送り手側の裁量によって偏りが生じやすいという欠点もある。

また、上記と同様の理由でドラマやその他のエンターテイメントでも社会的な関心が反映されるが、ニュースよりも自由度が高いため、何十年も先に予想されるような社会的問題や新しい技術などが伝えられることもあり、それ自体が社会的なできごとであるともいえる。自由度の高さは現実世界からかけ離れることもあるが、ストーリー性や感情表現も付与され視聴者が感情移入しやすいため、あまり知られていないような社会的な問題を浸透させやすいという利点もある。ただし、この利点は政治的バイアスや社会的なステレオタイプを生み出しやすいということでもある。

情報の受け手

選択的接触仮説

議題設定効果やフレーミング効果は、マスメディアの情報の呈示の仕方だけが影響するわけではなく、情報の受け手である個人の情報処理のあり方によって、その効果は異なってくる。こうした情報処理をする個人という視点は、メディアに対して選択的に接触しているはずだという選択的接触仮説としてラザースフェルドの研究からも知られていた。ただ、それがどこまで意図的で選択的なのかについての疑問もあった。

近年では世界的にインターネットの普及が進んだことや、日本のテレビ番組では衛星放送の専門チャンネルが増加するなど、情報選択の幅が飛躍的に増えている。また、インターネット上の動画コンテンツも加速的に増えており、テレビを見ない若者が急増しているともいわれている。もはや、選択しなければ情報を得られないほどにまでなっているのである。

こうした中で懸念されているものとして、ネットワークの同質性・異質性の問題がある。情報を選択するということは、自分の興味のあるものに多く接触することになるが、これは自分の意見や価値観と一致するものだけを選択したり目にしたりする可能性があり、同質的な情報環境に人々が住まうほどその信念は自己強化され、異質な考え方に対して非寛容になるのではないかということが危惧されている。

情報の信憑性

「インターネットの情報」あるいは「ウェブサイト」と一口にいっても、公的機関や営利企業が運営するサイトから、個人が制作したサイトや日記形式のブログなど、インターネット上にはさまざまな人が発信する情報があふれている。

インターネットは個人が簡単に世界に向けた情報を発信できる媒体になったわけだが、これによって受け手側は情報を選択するだけでなく、情報やその発信源の信憑性も考慮しなければならなくなった。しかし、インターネット上には膨大な量の情報があり、2次的情報あるいは3次的情報も少なくないので、もとの情報源をたどることは困難であることが多い。インターネットの効果研究では、ユーザーが特定のサイトやコンテンツにしばられる度合いは低いという結果があり、情報発信源の信憑性という部分についてはあまり考慮していないのかもしれない。

ソーシャル・ネットワーク

「メディア効果論」のページでも触れたが、メディアのもつ効果は直接個人に作用するとは限らない。多くの場合はオピニオンリーダーを媒介して間接的に作用することになる。これが「マスメディアの影響力は限定的である」という限定効果論が広く受け入れられた理由のひとつでもあった。オピニオンリーダーが間に入ることで、メディアがもつ影響力の緩衝材となるような役割を果たしているわけである。

近年ではSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が急速に普及し、ネットワークの構造は複雑化している。そして情報の伝播速度は、昔はじわじわと広まっていったのに対し、今では一瞬であるといっても過言ではない。ここで問題となるのは、人の情報処理能力には限界があるということである。マスメディアやオピニオンリーダーから次々と情報が伝達され、インターネット上には膨大な量の情報が散在しており、情報オーバーロードをもたらす可能性は常に存在している。これは情報信憑性の判断にも困難が生じることを意味している。また、このような状況下では特定の媒体の情報のみに依存する可能性があるため、情報の偏りが生じるという懸念もある。

参加するメディア

インターネットの普及は、巨大な情報の送り手と小さな受け手という従来の環境を一変させた。個人は情報の受け手であるだけでなく、自ら情報を発信できる送り手にもなり、個人が発信する情報もまた影響力をもつようになっている。

このような参加するメディアの中で、インターネットの効果研究は難しいものになっている。送り手から受け手という固定化された一方向的な情報の流れが仮定できてこそ、効果は検討しやすいわけだが、これが双方向になると途端に難しくなる。また、先にも述べたように、ユーザーが特定のサイトやコンテンツにしばられる度合いは低く、さまざまな情報に触れているため、特定の情報がどのような効果をもたらしているのかを検討し一般化することも難しい。もちろん研究室レベルでの実験や、個別の広告効果などを検討することは可能であるが、研究室レベルの実験結果を複雑な現実環境に適用した場合、一貫した効果が見られるかどうかについて疑問があるし、個別の広告効果も環境によって大きく左右されることを考えれば、実務には役立つかもしれないが、一般化することは難しいだろう。


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