低コスト化

コストの削減は、コスト・リーダーシップ戦略をとる企業に限らず、すべての企業にとって重要なものである。差別化戦略をとるにしても、他社と比べてコストがあまりにも大きければ利益を手にすることができなくなってしまうし、業界の変化にも柔軟に対応することができなくなってしまう。

コスト削減というと、一般的には製造コストにばかり集中しがちになるが、マーケティングやサービス、支援活動のコストにも目を向ける必要がある。

コスト削減を実現させるための出発点は現状を把握することである。これはコストに限った話ではない。多くの人は感覚的にものごとをとらえて理解したと思いがちになるが、この方法では主観に頼らざるを得ないので情報を共有することができない上に、錯覚やバイアス(歪み)が生じやすいので間違った方向に進む恐れも出てきてしまう。コストの場合は数値化しやすいので、現状を把握する場合はできる限り客観的データを用いることが望ましい。


価値活動の分割

現状のコストを把握するうえでもう一つ重要な点は、活動の分割である。どこでどの程度のコストがかかっているのか、それは全体で見た場合どの程度の割合を占めているのかを把握することは、効果的かつ効率的に低コストを実現する上で重要となる。

活動の分割にはバリュー・チェーン分析が役に立つ。マイケル・ポーターは『競争優位の戦略』の中で、コスト分析の目的からすると、価値活動の分割には以下の3つの原理があるとしている。

高額のコストを費やす活動を分離するのは、その活動に的を絞ったほうが全体のコストを効率的に下げることができるからである。増大するコストも同様である。

2つ目のコスト・ビヘイビアとは、直訳すれば「コストの振舞い方」「コストの変動の仕方」であり、特定の何かが変化したときにコストがどのように変化するのか、というその活動のコストに対する性質のようなものである。ポーターは、コスト・ビヘイビアは多くのコスト推進要因の組み合わせによって決まるとしている。コスト推進要因については以下で述べるが、コストに対する性質が異なる活動は分離すべきだとしている。これは、コスト・ビヘイビアが異なると、どのようにコストを削減するのかという方向性が異なるからである。

3つ目の、やり方が他業者と異なる活動の場合、そのやり方を模倣するのが困難なこともあり、コスト優位あるいはコスト劣位につながる要因となる。そのため、活動を分離して他業者と比較することによって、今後の方向性を決める必要がある。

ここに記述するまでもないかもしれないが、コスト削減に関しては売上との関係性も考慮する必要がある。コスト削減によって製品やサービスの品質が悪化してしまい、売上が極端に減少してしまうようなことがあっては本末転倒である。

コスト推進要因

上記でも述べたが、コスト・ビヘイビアを決めるのはコスト推進要因の組み合わせで、ポーターは10のコスト推進要因を挙げている。

規模の経済性

価値活動のコストあるいはコストの変化は、規模によって左右されることが多い。例えば、同じ製品を10個作るのと1万個作るのとでは明らかに1個当たりのコストには違いが出てくる。また、活動のやり方を変えた場合にも、規模が大きいほうが製品1個当たりの変化に伴うコストは小さくなるし、全体で見た場合にもやり方を変えたことによる効果は大きくなる。

ただし、規模が大きくなるにつれて管理や調整が複雑化すると、規模の非経済性が生まれる。規模が拡大するにつれて、管理や調整にかかるコストが増大するか、不十分な管理によって余剰な在庫や設備、人員などがでたり、従業員のモチベーションの低下にもつながる。

規模を測る適切な尺度は、活動の種類や業界によって異なる。また、単純に規模を大きくすれば良いというわけでもなく、それは戦略によっても異なるし、企業が持つバリュー・チェーンによっても異なる。

習熟度

活動のコストは、基本的には時間の経過とともに低下していく。単純にその作業に慣れることによって効率が上がるという以外にも様々なメカニズムが考えられている。

これらの他にも、作業や工具、伝達方法などの明示的な標準化あるいは非明示的な標準化による効率の向上などもある。

習熟というのは業務を行っていれば自動的に発生するものと思われがちであるが、従業員の注意や自発性によって生み出される部分が多いため、これらを促すような組織的なシステムが必要となる。

キャパシティ利用のパターン

価値活動の固定コストが高い場合、特定の単位当たりの活動のコストはキャパシティ利用の程度によって異なってくる。なぜなら、キャパシティ利用度が高くても低くても、全体の固定コストにはそれほど影響がないからである。

キャパシティ利用度は季節などによって周期的に変動することがあるが、一定時点ではなく全周期を通した利用パターンが正確なコスト推進要因となる。全周期の平均利用度が同じだとしても、利用度がそれほど変化しない会社よりも、利用度の変化が激しい会社のほうがコストは高くなるからである。

連結関係

価値活動のコスト・ビヘイビアは、その活動だけではなく他の活動の影響を受けることも多い。特定の活動のコストを下げても、それに関係している他の活動のコストが上がってしまうということが起きてしまうのである。逆に特定の活動のコストを下げることによって、他の活動のコストも下げることもある。

これらは社内の連結関係だけではなく、供給業者や流通チャネルとの連結関係にも起こる。もし、社内活動の変化に伴って供給業者や流通チャネル業者の協力が必要となる場合、この変化がこれらの業者にもメリットをもたらさなければ協力してはもらえないであろう。

低コストを実現するためには、連結関係を調整することで全体最適化を行うという視点も必要となる。

相互関係

異なる価値活動間で技術やノウハウあるいは設備などの有形資産を共有できる場合、活動の単位当たりのコストが下がることがある。これは、社内の事業間での共有や他社との共有でも起こる。

有形資産の場合は基本的には同時利用ができないため方法は限定されるが、例えば季節などによってキャパシティ利用度が変動する場合、利用度の低い季節に別の事業で使用したり、他の会社に貸し出すなどの方法がある。

統合

特定の価値活動を自社内で行うのか外注化するのかによって、コスト・ビヘイビアは異なる。統合を行うか行わないかについては、コスト面での検討はもちろん、現在の事業との連結関係や相互関係にどのような影響を与えるのかということも重要となる。

タイミング

価値活動のコストはタイミングに影響されることも多い。一般的に技術的なリーダーシップを得ることでブランド名を浸透させるような先発者優位があるが、後発者にもコストのメリットは多い。後発者は研究開発や市場開拓のコストを避けることができるし、熟練度の低い従業員でも作業ができるようなシステムが開発されていれば、人件費や管理費なども低く抑えることができる。

また、景気や市場状態によって価格が左右される設備や土地なども、購入時期によってコストは変動する。一般的に、不況期ではものがあまり売れなくなるため金利が下がり、設備や機械などの価格自体も下がるため、不況期にまとめて購入することによって低コストを実現させる方法もある。

自由裁量できる政策・ポリシー

他の推進要因以外のポリシーの選択である。ポーターは、コストに大きな影響を与えそうなポリシー選択として12個の例を挙げているが、ここではそのいくつかを紹介する。

上記を見てもわかる通りポリシー選択は差別化において特に重要なものとなる。選択したポリシーがコストにどのような影響を与えているのかを知ることは、低コストを実現させるだけでなく差別化においても必要となる。

立地

立地はある種のポリシー選択によって決まるものであるが、無数の活動に影響を与えるものであるため、別個に扱う必要がある。

立地によっては人件費や税率、物流などのコストに影響を与えるだけでなく、従業員の通勤や外出、住居環境などに伴う心理的あるいは身体的負担にも影響を与える。このような従業員にかかる負担が日常業務に影響を与えたり人事コストを変化させたりといった、2次的な影響を生み出すこともある。

制度的要因

政府による安全水準の規制や購買規制、関税や免税制度なども大きなコスト要因となる。また、立地の内容とも重複するが、地方によって税率や減税・免税制度なども異なるため、企業間のコスト差に影響を与える。

低コスト化の方法

低コスト化を具体的に進めるのに、大きく分けると2つの方法がある。

1つは、上で示したコスト推進要因をうまくコントロールすることである。このページでも何度か述べたが、コスト・ビヘイビアはコスト推進要因の組み合わせによって決まる。どれか1つの要因が変化すると全体に影響を与えることもあるため、継続して管理し見直す必要がある。

もう1つは、バリュー・チェーンの再編成である。これは価値活動の方法の変更も含まれる。具体的には以下のような方法がある。

実際にはこれらの変更が頻繁に行われるわけではないし、業界によっては頻繁に行われると規模の経済や習熟に悪影響を及ぼすこともある。だからと言って細かな改善活動ばかり行っていても、物理的あるいは心理的にも限界が訪れる。もちろん細かな改善活動も低コスト化において重要なものではあるが、要はバランスの問題であり、適切な時期に適切な方法をとる必要がある。

因みに、バリュー・チェーン分析は価値活動を細かく分割することによって、組織の下層での改善活動にも役に立つ。


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