戦略の構造

「戦略とは」のページでも見られる通り、「戦略」という言葉を端的に表現することは困難である。それは戦略がいくつかのプロセスの組み合わせで構成されているからである。


ルメルトによる戦略の基本構造

リチャード・ルメルトは自著の中で「良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりした基本構造を持っており、一貫した行動に直結する」(リチャード・P・ルメルト 『良い戦略、悪い戦略』 村井章子訳、 日本経済新聞出版社、2012年、108頁)としており、この基本構造を「カーネル(核)」と呼んでいる。カーネルは「診断」「基本方針」「行動」の3つの要素で構成されている。

ルメルトは同書の中でカーネルの説明としていくつか例を挙げているが、医師の例がとてもわかりやすかったので引用したい。

「医師にとって解決すべき問題は、病気の兆候あるいは症状を示し、既往症を持つ患者そのものである。医師は診断を行い、病名をつける。次に治療法を決める。これは基本方針に相当する。そして、治療法に基づいて食餌療法、投薬など一連の行動を調整し、治療を目指す」(リチャード・P・ルメルト 『良い戦略、悪い戦略』 村井章子訳、 日本経済新聞出版社、2012年、109頁)

まとめると各要素は次のようになる。

この考え方は、組織レベルから個人レベルまで広範囲に適用できる。また、ビジネスだけではなく、個人の生活のすべてに当てはめることもできる。

戦略の立て方

ルメルトの基本構造を少し分解し一般化すると、以下の5つになる。

この5つのプロセスは経営トップだけが行うものではなく、各組織階層で行われる必要がある。下の組織階層から見れば、それは単なる目標であるし、上の組織階層から見れば戦術に過ぎない。このあたりは組織の内部環境の話になるので詳しい言及は避けるが、多くの企業は経営のトップだけ、あるいはひとつの組織階層だけがこれを行い、その結果、目的や目標を達成するための行動が行われず戦略は失敗に終わるのである。

現状を把握する

自分の企業や事業あるいは競合他社は誰に何を提供しているのか、どのようなシステムや方法で業務が行われているのか、経営資源はどれくらいあるのかなど現在の状況の確認である。「自分の会社のことぐらい調べなくても知っている」と思った人も多くいるかもしれないが、自分が知っている(と思い込んでいる)ことと実際に行われていることが異なっていることは多々ある。これは競合する他社を認識するときにも当てはまる。多くの人はこの現状の把握と次の分析のプロセスを行わずに方針を決めて失敗する。

重要なのは、形式や個人の希望的観測を知ることではなく、事実を把握することである。

分析する

分析の基本は「分ける」ことと「比べる」ことである。コスト・リーダーシップ、差別化、経営資源はどれも分割された概念であり他社との比較であるし、財務分析にしても標準的な数値との比較である。「現状を把握する」で得られた情報を比べ他社との位置関係を明らかにすることで、初めて戦略のスタート地点が見えるのである。

短期的な戦略の場合は自分とその周りの組織がどのように行動するかだけを考えればよいわけだが、長期的になるとさまざまな環境の変化も考慮しなければならない。現時点において優位性が得られる戦略だとしても、数年後の状況においても優位性が得られるとは限らないからである。平たくいえば未来を予測することが必要になるわけだが、これにはその分野の歴史から流れを予測したり、他業種の過去の事例と比べたりすることで確率を高める方法がとられる。

戦略論の多くはこの分析に比重が置かれることが多い。なぜなら分析することでこれ以降の方針はある程度決まってくるからである(ただし、方針が一意的に決まるわけではない)。現状を把握し分析することは問題を定義することと同義なのである。

問題がわからないのに答えを探そうとするのは、真っ暗闇の中で探しものをするのに似ている。手探りで偶然見つかることもあるかもしれないが、あちこちにぶつかって怪我をしたり、足元の穴に気づかずに落ちてしまったり、何年かけても見つからないといったリスクがつきまとう。これらは明かりを灯すだけで回避できる。周りに何があるのか、自分はどこにいるのかを把握できるだけで効率は劇的に改善される。

方針を決定する

分析によってある程度、方向性の選択肢は絞られてくる。企業の場合は経営のトップに近いほど、方針を決めることは社会や市場の中での目指すべきポジションを決めることと同じとなる。これを意識している場合もあるし、結果的にそうなる場合もある。

もし経営資源が無限にあるならば、すべての方向にあらゆる経営資源を好きなだけ投入できるので方針など必要はない。方針というのは経営資源を集中させ、組織全体が同じ方向に向かって、戦略を効率的かつ効果的に行うために存在する。方針を決めることは、何をするのかを決めると同時に何をしないのかを決めることでもある。

行動計画を立てる

行動計画は組織階層によって内容は異なってくるが、基本的にはトップに近いほど大枠で捉え、末端に近いほどより具体的なものとなる。目的を達成するために「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「どうやって」「なぜ」行うのかを検討し決定する。

目標は計画を立てる前に設定される場合もあれば、後に設定される場合もある。企業の成長率や市場予測という観点から見れば目標は先に設定されるし、計画を立てた後にその計画に見合ったより現実的な値を設定することもある。

目標には売り上げや利益率などの結果として目標と、いつまでに実行するのか、あるいは達成するのかという時間的な目標がある。

簡単に達成できる目標を設定すれば能力を制御してしまい実力以上のものが発揮されず、人も企業も成長しない。逆に実現不可能な目標を設定するとモチベーションの低下や自信喪失などを招いてしまう。現状では難しいが将来的には可能かもしれないといった、背伸びをした目標を設定するのが望ましいとされている。

実行する

戦略は行動計画に基づいて実行されていくが、現実にはさまざまな問題が生じる。このような問題の解決のために調整したり、場合によっては計画の修正や変更が必要になることもある。想定外の環境の変化というのも起こり得るので、戦略そのものを見直す必要が出てくることもある。

個人的にこの実行を戦略に含めることにやや違和感はあるが、経営戦略論においては実行によって得られる情報をもとに戦略を立てたり学習したりということが論じられていることと、以下の「循環するプロセス」がうまくつながることから、実行を含めてみた。

循環するプロセス

現実的には、5つのプロセスが順番にひとつひとつ行われることはまれである。方針や目標が先にあることも少なくないし、仮の方針があることによって収集する情報が選択されることもある。また、情報を収集するために行動が伴うことも多く、そのための計画が必要になったりもする。

これらのプロセスは循環しており、始まりや終わりといったものが存在しない。厳密にこのプロセスを実行しようとすると、現状を把握するためにはデータが必要になり、データを収集するためには計画が必要になり、計画を作成するためにどのようなデータをどれだけ集めればよいのかという方針と目標が必要になり、方針と目標を決めるために分析が必要になり、分析するためにデータが必要になる、という循環に陥ることになる。また、これらのプロセスは不規則な循環を行うこともある。

このような循環するプロセスは、経営戦略論において度々現れるため、覚えておくと経営戦略論を別の視点で見ることができる。

限定合理性と仮説

現実的なことを考えれば、分析に必要なデータを短期間のうちにすべて集めることは不可能であるし、集められたとしてもその膨大な情報量から完全合理性に基づいた最適解を見つけることは、人間の認知機能を考えれば困難である。経営という複雑な環境下ではなおさらである。

厳密な意味で、同じ戦略を同じ環境下で再現することは不可能であるし、それが可能であったとしても人間が介入している以上同じ結果になるとは限らない。このページで示したのはあくまでも戦略の構造であって、合理的(であると考えられる)戦略が必ずしも成功するとは限らない。

リチャード・ルメルトの言葉を借りれば、「新しい戦略は、科学の言葉で言えば「仮説」である。そして仮説の実行は「実験」に相当する。実験結果が判明したら、有能な経営者は何がうまくいき何がうまくいかないかを学習し、戦略を軌道修正する。」(リチャード・P・ルメルト 『良い戦略、悪い戦略』 村井章子訳、 日本経済新聞出版社、2012年、318頁)

これは、戦略を実行しながら情報を収集していることにほかならない。その情報を基に再び分析が始まるのである。上述した循環するプロセスというのは、こうした「仮説ー検証」のプロセスでもある。このあたりは組織内部についての議論になるので、ここでの言及は避ける。

科学という言葉が出たついでにいえば、「戦略とはなにか」という主題は「科学とはなにか」という主題に極めて類似しているように思われる。ここで科学論を論じるつもりはないが、ものごとに対しては人々のもつ知識体系が変わると理解の仕方が変わってしまうため、戦略の合理性についても行動と環境の組み合わせだけではなく、人々のもつ知識体系にも依存することになる。つまり、既存の知識体系の枠組みの中で、どれが合理的な選択肢なのかという戦略観と、その知識体系を離れて新たな選択肢を模索するという戦略観が存在することになる。

したがって、科学としての戦略論においては最適解を定めることはできないため、抽象化された要素を取り上げ、その構造を記述することしかできないだろう。合理性についてはその後に人が決めるものである。


参考書籍
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