気分が与える影響

感情ネットワークモデル

プライミング効果」のページでネットワークモデルを示したが、バウアーはこのモデルの中に感情をノードとして組み込んだ感情ネットワークモデルを提示した。このモデルによれば、喜びや怒り、悲しみなどの感情はそれに伴う自律的反応や表出行動、その感情を引き起こすできごとなどの知識とリンクしているため、ある感情が生起するとその感情とリンクしている行動や知識が活性化される。また、喜びと怒りなどの相反する感情は抑制的なリンクが想定されているため、喜びの感情が活性化されると怒りの感情とリンクしている知識は抑制される。


気分一致効果

人はそのときの気分に一致する記憶に優れており、これを気分一致効果と呼ぶ。情報を記憶するときの気分と、記憶する内容が一致しているときの方がそうでないときより記憶されやすい。また、記憶されているものを思い出すときの気分と、その内容が一致しているとき、その記憶は思い出されやすくなる。

上記のような記憶に関するものは特に記憶の気分一致効果と呼ばれるが、判断や評価あるいは将来予測においても気分一致効果はみられる。つまりポジティブな気分のときにはポジティブな評価や将来予測を行いやすく、ネガティブな気分のときにはネガティブな評価や予測を行いやすい。

記憶の気分一致効果は、上で示したバウアーの感情ネットワークモデルで説明されることが多い。そのときの気分とリンクしている記憶が活性化しているために想起されやすかったり、その活性化している知識と一致するような情報に注意を向けやすくなることによって記憶に残りやすくなると考えることができる。記憶以外の気分一致効果に関しても、想起されやすい情報を用いて判断や評価、将来予測を行っていると考えれば、同様にバウアーのモデルを用いて説明できる。

感情価

良い気分に一致するものなのか、悪い気分に一致するものなのか、という情報や事象のもつ感情的意味合いは感情価と呼ばれる。良い感情的な意味合いであるポジティブな感情価と、嫌な感情的な意味合いであるネガティブな感情価で区分されることが多い。気分一致効果の研究では、ポジティブな感情価あるいはネガティブな感情価をもつ情報や事象を用いることによって、実験参加者を良い気分や嫌な気分に導くことが多い。

感情情報機能説

シュワルツらは、判断における気分一致効果は、気分に一致した知識が活性化しその活性化した知識を判断に用いるために生じるのではなく、気分そのものを判断手がかりとして用いることによって生じると考えた。これは感情情報機能説と呼ばれる。

彼らは天気の晴れた日と雨の日で気分が異なることを利用し、電話により生活の満足度についてのインタビューを行った。その結果、晴れた日にインタビューを受けた回答者は、雨の日にインタビューを受けた回答者よりも生活により満足していると回答した。これは気分と一致した事例を思い浮かべたことによって満足度に差が出たと考えると、感情ネットワークモデルでも説明できるものである。

次にシュワルツらは同様の実験において、インタビューの最初に「今日のそちらの天気はどうか」と回答者に尋ね、天気に注意を向けさせた。その結果、生活の満足度は、天気に注意を向けさせなかったときと比べて天気の違いによる差は減少し、天気による影響を受けなくなった。これは自分の気分が天気の影響を受けていることに気づき、その影響を排除するかたちで判断を行っていると考えることができる。気分の一致によって活性化した知識を判断に用いなかったことから、感情情報機能説を指示する結果となっている。

自分の気分が天気の影響を受けていることに気づいたことによって気分自体が変わったと考えると、感情ネットワークモデルでも説明できないことはないが、いずれにせよ、現状の気分の原因に気づくか否かが判断に影響を与えていることは明らかである。

気分制御

自分の気分を能動的に制御しようとすることを気分制御と呼ぶ。気分制御は、嫌な気分を改善したいという気分改善動機が働くことによって、ネガティブな気分をニュートラルな状態に戻そうとするために生じると考えられていた。しかしアーバーらは、ポジティブな気分においても状況によって気分制御が働くことを示した。

彼らは大学の講義を利用し、講義の前にポジティブまたはネガティブな気分に導入するグループと、講義の後に気分導入するグループに分け、その後に自分の過去についての想起を行ってもらった。その結果、講義の後に気分導入を受けた場合は気分に一致するような記憶の想起つまり気分一致効果が見られたのに対し、講義の前に気分導入を受けた場合には気分一致効果が見られなかった。

アーバーらの別の実験では、実験参加者にはポジティブまたはネガティブな気分を導入し、その後に課題を行うと説明した。このとき、その課題は一人で行うと説明するグループと、課題は別の参加者と一緒に行うと説明するグループに分けた。そして、気分導入後の課題の前に新聞の記事を選んで読むように求めた。その結果、課題は一人で行うと説明されたグループでは、自分の気分と一致する内容の記事を選ぶ傾向があったのに対し、課題は別の参加者と一緒に行うと説明されたグループでは、自分の気分と一致しない内容の記事を選ぶ傾向にあった。つまり、他者と一緒に課題を行うと説明された参加者は、自分の気分をニュートラルな状態に戻そうとする行動をとっていたことになる。

アーバーらはこの結果から、我々は自分が置かれた社会的状況に適した気分になるように、自分の気分を能動的に制御するとしている。

気分による情報処理の違い

これまでの研究から、人はそのときの気分によって情報処理や思考のスタイルが異なることがわかっている。その多くは、ポジティブな気分のときには、既存の知識に依存したヒューリスティック的な情報処理や思考を行いやすく、ネガティブな気分のときには、個々の情報に着目した分析的な情報処理や思考を行いやすくなることを示している。

これらは、社会的あるいは経済的な面から見ても、必ずしもポジティブ思考が良いわけではないことを示唆している。

説得情報

北村らは、実験参加者にポジティブまたはネガティブな気分を導入し、その後に長電話はよくないという内容の説得力の高い文章または説得力の低い文章を読ませ、長電話に対する意見がどの程度変化するかを調べた。その結果、ポジティブな気分の参加者はどちらの文章を読んだ場合にもあまり意見の変化が見られなかったのに対して、ネガティブな気分の参加者は説得力の低い文章には意見の変化が見られなかったが、説得力の高い文章を読んだ場合には内容が示す方向に意見の大きな変化が見られた。

これは、ポジティブな気分のときには文章の内容をよく吟味しないため、説得力の違いによる変化が見られなかったのに対して、ネガティブな気分のときには分析的思考をしやすいため、説得力の違いによる変化が見られたと考えられている。

※この実験結果の解釈で注意が必要なのは、説得とは態度を変容させること(意見の変化)で、ポジティブな気分の参加者が文章の意見に同意しにくいことを示したものではない。ポジティブな気分の参加者の意見と同じ意見の文章を提示すれば、意見を変える必要がないため、容易に同意するであろう。

ステレオタイプ

ボーデンハウゼンらの実験では、実験参加者の半数にポジティブな気分を導入し半数はニュートラルな状態で、ある学生の暴力行為についての文章を読んでもらい、罪の程度を評価してもらった。このとき、一方の文章には学生の名前にヒスパニック系特有の名前を用いて、もう一方の文章には一般的な名前を用いていた。

その結果、ニュートラルな状態の参加者は名前による評価の違いはなかったのに対し、ポジティブな気分を導入された参加者はヒスパニック系の人物の罪を重く評価していた。アメリカ社会ではヒスパニックの人々に対してネガティブなステレオタイプが存在しており、ポジティブな気分の場合にはステレオタイプに基づいた判断が生じやすいと考えることができる。

後続の実験において、文章を読んでもらう前に、人物の評価について後で説明してもらうことを告げておくと、気分による効果は消失することがわかっている。つまり、内容をよく吟味することによって、ステレオタイプに基づいた判断をしにくくなるのである。


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