ヒューリスティック

問題の解決や何かを選択する際の意思決定において、簡略化された推論や判断方法を用いて結論に達する方法はヒューリスティックと呼ばれている。一般的にヒューリスティックは、必ずしも最適な結論に達するわけではないが、認知資源を節約できることと結論に至るまでの時間が短いというメリットがある。

全ての情報を用いて十分に吟味し正確さを目指そうとすると、膨大な認知資源と時間を必要とすることになる。すべての意思決定をこの方法で行うと、人とのコミュニケーションや日常生活を送る上で困難が生じることが予想される。ヒューリスティックは円滑な社会生活を送る上で重要な機能であると同時に、様々な錯覚や判断ミスを生み出す要因ともなる。

ヒューリスティックには、特定の対象や状況にだけ利用される個別のヒューリスティックと、広い範囲で利用される汎用性の高いヒューリスティックがある。個別のヒューリスティックについては、日常生活や仕事の場面を想像するとわかりやすい。例えば、朝歯を磨くとき、歯磨剤をつけるかつけないか、つけるならどの程度使用するのが良いのか、どの歯から磨くか、その順番で磨くのはなぜかといったことを、毎日考えながら判断しているわけではない。ときおり考えることもあるかもしれないが、科学的あるいは医学的なデータを参照して論理的に判断しようとする人はごく稀である。

我々の判断の多くは、過去に行って問題のなかった行動を基準にして判断することが多い。例えば「朝何時に家を出れば学校や会社に間に合うか?」といった実際に行ってみてすぐに結果が得られる問題の場合は、高い精度で判断を行うことができるが、歯磨きのように直後に結果を判断できないような場合(直後に虫歯になるわけではない)にも問題のなかった行動として記憶されるため、それが最適な方法であるという錯覚を生み出しやすい。

汎用性の高いヒューリスティックについては以下に示す。

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代表性ヒューリスティック

対象が、あるカテゴリーに属する可能性が高いかどうかを判断に用いる方法である。例えば、コインを5回投げたとき、出る確率が高いのは下記のAとBでどちらかという問題の場合、直感的にAの方が確率が高いと感じやすい。

しかし、個々の事象は独立しているため、AとBの発生確率はどちらも「0.55=0.03125」で、同じとなる。我々は過去の経験から、表と裏がランダムに出ることを経験的に知っているので、Aのほうがランダム性を代表しているため、出る確率が高いと感じやすいのである。

代表性ヒューリスティックはステレオタイプとも関連している。カーネマンとトヴェルスキーの研究では、ある人物の性格的な描写を聞いた後、いくつかの選択肢の中からその人物の職業を予想する順位づけを行ってもらうと、その人物描写とステレオタイプとの類似性によって職業を判断することが示されている。これはその職業についている人が人口の何割いるのかという基準率が考慮されていないということである(例えば、職業Aが人口の1%、職業Bが30%であった場合、その人物が職業Bである確率は職業Aである確率よりも圧倒的に高い)。このような判断は、統計学の知識を身につけている人でも同じように起こるという。

利用可能性ヒューリスティック

事例の思い出しやすさ、検索のしやすさ、想像のしやすさを判断に用いる方法である。例えば、アメリカ人の死因リストを渡され順位づけをする課題を思い浮かべて欲しい。おそらく殺人や銃器の事故といった死因を、1位とまではいかないまでも、かなり高い順位にするであろう。実際には、疾病対策センターの「2005年の米国死因データ」によると、殺害による死因は第9位、銃器の事故による死因は第14位となっている。

我々が死因と聞いてまず思い浮かぶのは、ガン(悪性新生物)や殺人、交通事故などではないだろうか。順位づけをするときにも、手元にデータがない場合には実際の事例をどれだけ簡単に思い浮かべられるかを重視するはずである。なぜこれらの死因を思い浮かべやすいのかといえば、テレビのニュースやドラマなどで頻繁に見聞きすることや、インパクトの強い事例が記憶に残りやすいためである。逆に肺炎や脳血管疾患を思い浮かべる人は少ないと思われるが、実際には殺人や交通事故による死因よりも圧倒的に多いのである。因みにガンによる死因も過小評価される傾向にある。

最初にも述べたが、利用可能性ヒューリスティックは事例の思い出しやすさや想像のしやすさをもとに判断される方法なので、例えば最近に友人や知人を肺炎で亡くした人であれば、死因と聞いて肺炎をまず思い浮かべることもある。

利用可能性ヒューリスティックは、自己評価にも影響を与えることがわかっている。シュワルツらの実験では、自己主張が強いような行動をとった事例を6個思い出すように指示した群と12個思い出すように指示した群で、その後自分がどの程度自己主張が強い人間かを評価するよう求めた。その結果、12個を思い出した群は6個を思い出した群よりも、自己主張の度合いを低く評価したのである。この実験では、自己主張しなかった事例を12個思い出す条件も設けられており、その群では自分は自己主張が強いと評価している。

なぜ思い出す事例が増えるとその事例とは逆の評価をするのかは、事例の想起のしやすさ(検索容易性)が関係していると考えられている。つまり、6個の事例を思い出すよりも12個の事例を思い出すほうが困難さを伴うため、やっとのことで自己主張の強い事例を12個思い出した群では、自分はそれほど自己主張が強くないのだと評価するのである。

ただし、利用可能性ヒューリスティックは、想起のしやすさだけで決まるわけではないようである。シュワルツらの別の実験では、上記の実験と同様の条件でBGMを聞きながら行ってもらった。そのとき、6個の事例を思い出す群にはこの音楽を聴くと作業能率が上がると伝え、12個の事例を思い出す群には作業能率が下がると伝えて行ってもらったところ、事例の数による自己評価の違いが見られなかった。つまり、思い出しやすいあるいは思い出しにくい理由が説明されていた場合には、ヒューリスティックを利用しなかったのである。

このように、利用可能性ヒューリスティックの使用には複雑なプロセスが絡んでいると考えられる。

係留と調整ヒューリスティック

特定の数値を起点として推定や見積もりを行う方法である。カーネマンとトヴェルスキーの実験では、まず0から100までの数字が書かれた円盤を回し、止まったときの数字を実験参加者にメモするように指示した。このとき、ある群には必ず10で、別の群には必ず65で止まるような仕掛けをしておいた。その後、国連加盟国が占めるアフリカ諸国の割合を推定してもらうと、10をメモした群では平均で25%と回答し、65をメモした群では平均で45%と回答した。円盤で示された数字は、質問の内容とは明らかに無関係であるにもかかわらず、実験参加者はこの数字を無視できなかったのである。

係留と調整ヒューリスティックによるこの現象は、アンカー(錨)となる数字を起点として調整を行うという意味でアンカリング効果と呼ばれる。上記の例で見たように、我々はなんの関連性もない数字をアンカーとして利用するのである。

再認ヒューリスティック

対象を見たことがある、感じたことがあるという感覚を用いた方法である。

上記で示したような従来のヒューリスティック研究では、直感的判断による錯誤が多く実証されてきたが、ギガレンツァらは適応的合理性という観点からヒューリスティックの有効性を主張しており、このようなヒューリスティックを高速・倹約ヒューリスティックと呼んだ。

高速・倹約ヒューリスティックの代表的なものが再認ヒューリスティックである。ゴールドシュタインとギガレンツァは、アメリカ人とドイツ人の学生にアメリカの都市であるサンアントニオとサンディエゴではどちらが大きいかを尋ねた。その結果、サンディエゴと正しく答えたアメリカ人学生は62%であったのに対し、ドイツ人学生の正答率は100%であった。ドイツ人学生は、サンディエゴは聞いたことがあるがサンアントニオは聞いたことがなかったため、聞いたことがある都市の方が大きいという再認ヒューリスティックを用いたのではないかと考えられている。

また、ゴールドシュタインとギガレンツァは、アメリカ人の実験参加者に、自国の2都市あるいはドイツの2都市に関して、どちらの人口が多いかを尋ねた。その結果、ドイツの都市に関する正答率のほうがやや高かった。この結果から彼らは、中途半端な追加的知識よりも再認ヒューリスティックの方が有効であると結論している。ただし、このようなヒューリスティックは頻繁に用いられるわけではないという研究者もいる。


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