自己呈示
人間は常に本来の自分を他者に見せているわけではなく、自分にとって望ましい印象を与えようとして意図的に振る舞う。これを自己呈示と呼ぶ。自己呈示は偽りの自分を見せるということだけではなく、自分の欠点を隠し長所だけを見せるなど、自分のひとつの側面だけを見せるといったことも含まれ、実際にはむしろこちらのほうが多い。
自己呈示は多くの場合、社会的に望ましいイメージを他者に与えるために行われる。偽りの自分を呈示することは、後にそれが露呈するリスクを伴うので、通常は自己概念とあまりにもかけ離れている自己呈示を行うことはそれほど多くはない。
戦略的自己呈示
自己呈示の中には、相手に恐怖や罪悪感を与え支配しようとするものもある。ジョーンズらはこのような自己呈示も含め、他者に与える印象を積極的に操作する自己呈示を5種類に分類している。これらは戦略的自己呈示あるいは主張的自己呈示と呼ばれる。
- 取り入り…自分の好ましい特性をアピールすることで、好意を得たり、他者を納得させる。
- 自己宣伝…他者が自分を尊敬させるために、自分の能力を示す。
- 示範…自分が賞賛に値する道徳的美徳を持っている良い人間なのだと、他者を納得させる。
- 威嚇…自分が相手に害を及ぼすような危険な性質を持っているという恐怖を植え付けることによって他者を納得させる。
- 哀願…他者からの助けや利益を得るために、自分が貧しくて、援助に値するものだと他者を納得させる。
取り入り
取り入りは相手から好ましい印象を得ようとする方法であり、相手に好意を伝える、自分と相手の類似性を強調する、自分の外見を魅力的にする、謙遜するなどが挙げられる。
一般的には、男性よりも女性の方が微笑むことが多く、他人の意見に合わせることも多い。また、外見を気にする度合いも女性の方が強く、整形手術を行うのも圧倒的に女性の方が多い。
このような男女による取り入り傾向の違いは社会的な要因もあるが、生物学的な要因も大きいと言われている。例えば男性と比べると女性はテストステロンの量が少ない。テストステロンの多い人は、欲しいものがある場合、挑戦的な態度をとる傾向がある。逆にテストステロンの少ない人は、親しみやすさや社会的品位を保つことによって目的を達成しようとする。
自己宣伝
自己宣伝は主に、自分の能力を示して他者から有能であるという評価を得る方法である。直接的なものとしては、実際に自分の能力を観てもらうための場を演出したり、有能であることを自分であるいは他者を介して言葉で伝えるなどがある。間接的なものとしては、例えば自分のスケジュール帳をびっしりと埋め、相手にさり気なく見せたり、電話やメールをすぐに返さず時間をあけてから返すことで自分は忙しいということをアピールするなどがある。
また、地位や権力を示すことも間接的に自分の能力を示しているともいえる。高級車に乗る、高級マンションに住む、アクセサリーやブランド品にお金をかけるなどの誇示的消費や、実際に地位や権力を持つ人と知り合いであることをアピールするなどである。
取り入りとは逆に、地位や権力を示すのは女性よりも男性の方が多い。これは男性の場合、支配力や経済力が優位性をもたらすという社会的な慣習と生物学的な要因の両方が一致していることが挙げられる。また、女性が地位や権力を示すことは社会的に良しとされない文化が多いということも、ひとつの要因と言える。
セルフ・ハンディキャッピング
自己呈示の中には、セルフ・ハンディキャッピングと呼ばれるものがある。これは自分が不利になる状況を自分自身でつくりだし、失敗したときには障害があったから失敗したと周りの人間へ言い訳をすることで自分への評価を保つことができ、成功したときには障害があったにも関わらず成功したと、自分が高い能力を持っていることを主張できるというものである。
ただし、セルフ・ハンディキャッピングは短期的にも長期的にも有効な方法ではないと考えられている。まず、人は他者を評価するとき外的な状況要因を考慮しない傾向がある(対応バイアス)。つまり、障害をつくりだしたとしても、その障害が能力評価に組み込まれなければ意味をなさない。また、セルフ・ハンディキャッピングは自分で最高のパフォーマンスができないようにしているとも言える。これは長期的に見た場合には、自分の可能性を自分で潰すことにもつながる。有能に見られたいがために行っている行為が、有能なパフォーマンスを阻害していることから、セルフ・ハンディキャップのパラドックスと呼ばれることもある。
自己呈示の内在化
自己呈示は本来、他者に向けられた行為であるが、自分自身にも影響を与えることがあり、これは自己呈示の内在化と呼ばれる。例えば社交的に振る舞った後、自分自身に対する評価が社交的になるといったことが起こる。
タイスの研究では、実験参加者にインタビューを受けてもらったが、そのときに外向的に振る舞うように指示する群と、内向的に振る舞うように指示する群に分けられ、各群はさらに、自分の氏名や学部などの個人情報を開示する群と開示しない群に分けられた。インタビューの後、本当の自分はどの程度外交的な性格なのかについて回答した。
その結果、個人情報を開示しなかった群では、外向的呈示条件と内向的呈示条件との間に自己評価の違いが見られなかったが、個人情報を開示した群では、外向的呈示条件の方が有意に自分を外向的だと評価した。
この結果から、自己呈示の内在化は個人が特定される条件下において起こり、匿名性の高い条件下で自己呈示を行っても内在化は起こらないと考えられる。
スポットライト効果
自己呈示をするときには、自分が他者からどう見られているかを考えることになるが、このような他者の推論過程を推論することはメタ推論と呼ばれる。メタ推論の研究の多くは、自分の考え方や感情をそのまま他者の推論過程の推論に用いる傾向があることを示している。
例えば、ギロヴィッチらが行った有名な実験がある。研究室でアンケート用紙を記入してもらっている実験参加者たちの中に、遅れてきた実験参加者(以下、遅刻者)が入っていくというものである。ただし、遅刻者には大物歌手のTシャツを着て部屋に入るように言われた(当時この大学では、その歌手のTシャツは絶対に着たくないという学生が大多数だった)。この実験は何度か行われたが、平均すると、部屋にいた者のうち約20%が遅刻者のTシャツに気づいたが、遅刻者は約50%の人に気づかれたと答えている。
このように、自分の外見や行為が他者に注目されていると過度に思う傾向があることはスポットライト効果と呼ばれている。自分が失敗したりすると周りの人に非常に注目されているような気分になるが、上記の実験からも分かる通り、自分が思っているよりも他者は自分に注意を向けていないことがわかる。
- 『社会心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2010)
- 『Social Psychology: Goals in Interaction (6th Edition)』 Pearson(2014)
- 『心理学 (New Liberal Arts Selection)』 有斐閣(2004)
- 『パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解』 培風館(2010)