運動系列学習

運動を個別の動作に分解すると複数の動作の組み合わせからなっており、これらの動作が正しい順序と正しいタイミングで実行されることによって、全体として正しい運動が行われていることがわかる。このような運動系列が練習によってどのように熟練されるのかは、運動技能学習において重要な課題となる。

運動系列の学習を説明するもののひとつとして、反応連鎖によるアプローチがある。反応連鎖とは、反応によって得られるフィードバックが弁別刺激となり次の反応を促し、その反応のフィードバックがさらに次の反応を促すという刺激と反応の連鎖である。


ラシュリーの指摘

反応連鎖はほとんどの運動系列を説明できるようにみえるが、これに異を唱えたのがカール・ラシュリーであった。

ラシュリーの指摘は大きく分けると3つあり、1つ目は反応連鎖モデルでは刺激を受けてから反応するまでの時間が遅すぎること、2つ目は熟練した運動系列は感覚のフィードバックを失った人でも可能であること、3つ目は非常に速い運動系列において反応連鎖ではありえないエラーが確認されることである。

1つ目の刺激を受けてからの反応時間に関しては、その当時は重要な証拠であると考えられていたが、現在では当時考えられていたものよりも速い場合もあることが示されている。

2つ目は、特定部分の感覚を失った人や動物が、それ以前に獲得した運動系列を正確にこなすことができるという例を用いて説明している。

3つ目は、例えば「A→B→C」という動作の運動系列があった場合「A→C→B」のような順序が変わるエラーが確認されるという指摘である。「A」という動作のフィードバックが「B」という反応を誘発させているならば「A→C」という運動系列は起こりえないというわけである。

ラシュリーはこれらの証拠から、個々の動きは運動系列が開始される以前に運動プログラムとして系列化されており、順番が変わるというエラーが生じるのは、命令から実行に至るどこかで運動の調和がゆがめられているためだとした。

反応連鎖と運動プログラム

運動プログラムの存在は、感覚フィードバックが必要ではないことを示すものではない。運動系列学習の初期においては、ひとつひとつの動作のフィードバックを得ながら学習していくし、パソコンのキータイピングにおいてもキーの中央からややずれた位置をタイプすれば、感覚のフィードバックによってずれを認識して動作が一瞬止まるであろう。

ラシュリーの指摘にもあった通り、フィードバックを得てから反応するまでには時間がかかるため(平均で約200ミリ秒)、キータイピングなどの高速運動を行っている場合には間違えた動作の直後ではなく時間経過が必要となる。従って、短い運動プログラムの(上記の「A→C→B」のような)場合には運動系列が完了するまで間違いに気がつかないが、長い運動プログラムの場合には運動系列が完了する前に気づくかもしれない。

このように考えれば、反応連鎖と運動プログラムは必ずしも相反する概念ではないことがわかる。

運動系列とチャンク

認知活動の研究において、いくつかの情報をひとつのまとまりとして記憶や処理をしているとする考え方があり、このようなまとまりの単位はチャンクと呼ばれている。運動プログラムにおいても短い運動系列をひとつのチャンクとして、いくつかのチャンクの組み合わせによって長い運動系列を実現しているとする考え方がある。

フェルバイとドロンカートは、実験対象に9本の別々の指を使って9つのキーを押す系列学習の実験を行っている。ある群には4回と5回の2つのまとまりにわけて学習してもらい、別の群には3回、3回、3回の3つのまとまりで学習してもらった。そしてテストでは、練習した方法とは関係なくできるだけ速く正確にキーを押すように指示されたが、各群は練習した方法と同じように各まとまりの間に休止が確認された。これは、2つの群が同じ系列を学習するのに異なるチャンクを形成し学習していることを示している。

運動系列とスキーマ理論

シュミットのスキーマ理論は運動系列にも適用できる。例えば、パソコンのキーボードはものによってキーのサイズや間隔、押下時のストロークなどが異なっており、それに伴って指の移動量も変える必要があるが、タイピングに熟練した人であれば、それほど時間をかけずに慣れることができる。また、キーボードが同じでもタイピングする姿勢やキーボードの高さによって筋肉の動きも変わってくるが、難なく適応することができる。ひとつひとつのタイピングの動きを学習し直しているのであればもっと時間がかかるはずである。

従って、運動プログラムは単に固定化されたパターンを指定するだけではなく、一般的な枠組みを形成し環境に適応するように運動プログラムを変化させていることがわかる。


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